彼は容姿端麗

 いよいよシリーズ化になっちゃった神話を紹介するこのエッセイ。前回、前々回とギリシャ神話に登場する美女を書いてきました。ですが、これは二〇世紀も終わるとする現代において、きわめて不公平なことと言わざるを得ません。だから今回は、ギリシャ神話における美男子にご登場願いましょう。(そういう問題か?)

 彼の名は「アポロン」。有名ですから知らない人はいないでしょう。ハープみたいな楽器を手に持って、頭には月桂樹で作った冠をかぶった姿で描かれることの多い、太陽の神様。知ってるでしょ?(もう一人の太陽神ヘリオスは、アポロンの部下ってことになってますが、これには諸説あります)

 さて。アポロンくん。彼はゼウスの息子です。が、ヘラの子供ではないところが、例によって困ったところ。今回、ゼウスの浮気の相手は、大地の神ガイアの孫娘、レトさん。

 お察しのとおり、怒りましたよヘラ姉さん。そりゃもう、怒った怒った。夫の浮気にいつも腹を立てるヘラ姉さんですが、今回はとくに怒った。なにせ予言者が「レト様の生むお子様は、ゼウス様のお子たちの中でも、もっとも美しく光り輝くでしょう」なーんて、予言したもんだから、さあ大変。

「許せないわ! この世で、日の照ったことのあるところでは、どんな場所でも子供が産めないようにしてやる!」

 なんて、すごい剣幕で、レトが絶対に子供を産めないように、世界中に目を光らせました。そんなわけで、どの国の人も、ヘラの怒りを恐れて、レトをかばってくれない。レトさん、困りました。お腹は大きくなるのに、子供は産めない。ああ、臨月が近いわ。

 さすがに、こりゃヤバイってんで、ゼウスのオッサンが海の底にあった島を引き揚げて(デロス島という名前になった)、それをレトに与え、彼女は無事に出産をしました。それも、オギャアと生まれた子供は男の子と女の子の双子。二卵性双生児ですね。で、兄のほうがアポロン。妹のほうがアルテミスです。アルテミスは月の神様ですね。双子で太陽と月を支配するとは、なかなかすごい。たしかに光り輝いております。

 さあて、アルテミスはちょっとおいといて、アポロンくんの話を続けましょう。彼は、すごいんですよ。才能豊か。医学、音楽、詩、数学、予言をお得意とするんです。それゆえ、彼にはさまざまな名前があります。ポイボス(輝くもの)、楽人の王、神託の王、黄金の弓の支配者。などなど。なんで黄金の弓? と疑問を持ったあなた。着眼点がよろしい。アポロンは生まれてすぐに、嫉妬に狂うヘラが、レトを苦しめようと差し向けた大蛇を、黄金の弓で退治したんです。お母さん想いですね。だから彼は黄金の弓の支配者。もっと正確に言うと、金(金属の金です)を支配する神様なんです。ちなみに、銀を支配するのは妹のアルテミス。またまた、双子で金と銀を支配するとは、たいしたもんです。

 ことほどかように、才能豊かで、しかも超のつくハンサムでしたから、ゼウスはたくさんいる息子の中で(そりゃ、たくさんいるでしょうよ)、アポロンにもっとも多くの祝福を与えました。まあ、これにも諸説ありますが、ゼウスにとって、アポロンが自慢の息子だったのは間違いないようです。えっ、そりゃ大変だね。絶対的な権力を持つ父親の寵愛を受けたら、さぞや、わがままな放蕩息子になるだろうね。と、心配したくもなりますな。

 ところが、どっこい。彼は人間にもすごく好かれました。なんと、信じられないことに、冷静な頭脳を持ち、穏健で心の広い神様に育ったんです。本当なんですよ。どういうわけか、神様って過激な性格の人(?)が多いんですが、彼は中道派で、節度を重んじたのです。人々にとってアポロンは、まさに理想でした。ま、母親のレトが、とても温厚な女性だったので、その影響を受けたんでしょうね。母は偉大だ。

 と、このままじゃ、ぜんぜんおもしろくないではないか。そう、お思いのあなた。大丈夫ですよ。TERUを信じなされ。アポロンくんにも、おもしろい話はたっぷりありますぞ。

 容姿端麗で、武術にも秀で、芸術を理解し、中道を説いて回る神様ですが、このアポロンくんも、悲しいかなゼウスの子供。やっぱり女は好きです。愛人を何人もはべらせたりしてます。これに怒ったのがアルテミス。彼女は、永遠の処女を誓ったアテネお姉様に憧れてる女の子ですから、兄の淫らな生活が許せない。

「お兄様!」
「うわっ、なんだよアルテミス。血相変えて」
「いいかげんになさいまし!」
「だから、なにが?」
「まあ、とぼけちゃって。この女たちは、いったい、なんですか!」
「しょうがないだろ。ほら、ぼくって、こんな顔だちだからさ。黙ってても、女の子のほうから寄ってくるんだよ。罪な男だよね」
「もう、許せませんわ! 人には中道だとか節度だとか説いて回ってらっしゃるくせに、ご自分はなんですか! わたくしこそ、本当の節度の守護神ですわ!」
「ねえアルテミス。おまえは頭が硬すぎるよ。よーくお聞き。ぼくはね、あらゆることに節度を守るように説いているんだよ。そう。節度自体を含めてね。わかる?」
「また、そのような詭弁を! お兄様は頭がいいから、わたくしをバカにしてらっしゃるのよ!」
「おいおい、なにをいい出すかと思えば。おまえは、ぼくの大事な妹だよ。でも、そんな性格じゃ、嫁のもらい手ないぞ」
「お兄様のバカ!」

 なんて、会話があったのでした(ちょっと、脚色してますが)。こういう茶目っけのあるところも、アポロンが人間に好かれた理由だと言われてます。ちなみに、こんなアルテミスも恋に落ち、処女の誓いを破るときがくるのですが、それはまた別の機会に。

 さてさて。女に不自由してないアポロンくん。さぞや、うはうはの生活を送っていただろうと、やっかんでいる男性諸君。安心したまえ。彼も恋愛には苦労しているのだ。

 なんとアポロンくん。じつは、女にふられまくったことでも有名なんです。たしかに、たくさんの女性が言い寄ってくるのですが、彼が本当に愛した女性には、なぜか気持ちが伝わらない。というか、嫌われちゃうんです。その代表格がダプネ。

 ダプネは妖精です。彼女、どうもアポロンが好きになれない。いい人だとは思うんだけど、わたし、ああいう冷静沈着な人って好きじゃないのよね。もっとこう、ワイルドで男らしい人がいいわ。と、言ったかどうか知りませんが、アポロンの抱擁を受けるぐらいなら、この美しい身体を失ってもいい。なんて言い出すぐらい、アポロンのことが嫌いだったのでした。それでもダプネを追い掛けるアポロン。ダプネは父親である川の神様に頼んで、本当に自分の美しい身体を別のモノに変えてしまうのです。それが「月桂樹」。

 アポロンは悲しみました。それでもダプネを忘れられず、月桂樹を自分の木として崇め、その葉っぱから作った花輪を、英雄、詩人、そして競技の勝利者に与えると決めたのでした。オリンピックで勝った選手が、月桂樹の輪を頭にはめてるのは、こういうわけだったのです。

 さあ、つぎいってみよう。今度はマルペッサさん。アポロンくん、マルペッサの美しさに惹かれ、恋に落ちてしまうのですが、残念なことにマルペッサは人妻でした。夫はイダスくん。イダスとマルペッサは、すごく大変な思いをして夫婦になったもんだから、深い愛情で結ばれてました。そこでアポロンくん、なにをとち狂ったか、マルペッサをさらってしまうのです。(あんたも、やっぱりゼウスの子共だねえ)

 ところが。イダスは、翼の付いた戦車を駆って、無謀にもアポロンを追い掛けます。じつは、神様に戦いを挑んだ人間はとても少ないのですが、イダスくんは、その一人なのです。本当に奥さんを愛していたんですね。イダスとアポロンは、弓矢を武器に決闘をしました。イダスくん、もうこうなると執念ですね。なんとアポロン相手に、一歩も引かない。なかなか決着は着きません。

 ここで、仲裁に入った男がいました。そいつの名はゼウス。ちょっとは父親らしいところを見せたかったんですかねえ? ゼウスの調停案は「マルペッサに、どちらと暮らしたいか決めさせなさい」というものでした。(自分は、さんざん火遊びしてるくせに、なんだよ、このオッサン。息子の前じゃ、見識ありそうな顔しやがって)

 もちろん、マルペッサが選んだのは、自分の夫、イダスでした。アポロンくん、またしても、恋に破れたのでした。

 まだまだ、ありますぜダンナ。今度はカサンドラさん。彼女はプリアモスとヘカベの娘さんです。とっても美しいんですけど、ちょっと内気。でも頭がいい聡明なお嬢さんです(ちなみに王女です)。

 今度こそ、とアポロンくん。カサンドラに、自分の愛を受け入れてくれれば、大きな贈り物をすると約束します。今度は物で女心を釣ろうってか? ううむ。ま、人のことは言えない男性は多いでしょうけどね(すいません、ぼくも……)。話がそれました。アポロンは、そう約束して、カサンドラを自分の光に包み込んで抱きしめます。すると、カサンドラには、予言をする力が備わってしまいました。

 しかし!

 そうーなんですよ。カサンドラも、どうもアポロンを好きになり切れない。神である自分が、ここまで尽くしているのに! と、アポロンくん、ついに切れちゃいました。カサンドラに、「彼女の予言をだれも信じない」という呪いをかけてしまったのです。こののち、カサンドラは、非常に重要な予言を何度もするのですが、だれにも信じてもらうことはできませんでした。

 いかがでしたか。アポロンくんの失恋物語。顔が良くても、頭が良くても、さらに性格が良くたって、うまくいかないこともあるんです。男性諸君。がんばりましょうね! そう言うぼくも、がんばらねば。ハハハ。

 え? どうもさっきから、アルテミスのことが気になる? 彼女が処女の誓いを破った相手を教えろ?

 うーん。しょうがないな。じゃ、アルテミスの恋物語をお話しましょう。

 永遠の処女アテネお姉様。アルテミスにとって、アテネは憧れの的。自分も永遠の処女を誓って、侍女たちにもそれを守らせました。(侍女のカリストがゼウスと浮気しましたけどね。よりによって、自分の父親ですよ。やれやれ)

 そんなある日。アルテミスは銀の戦車に乗って(戦車というところが、アテネお姉様の影響ですな)、夜空を駆けていました。

 すると……

 ラトモス山の中腹に、一人の青年が眠っているのを発見します。その青年が美男子だったのは言うまでもありませんが、美男子なんか、腐るほど見てきたアルテミスなのに、なぜか彼に対しては、心惹かれてしまいました。早い話、好みのタイプってヤツ。アルテミスは、銀の馬車を下ろし、彼のそばによります。

「やだ…… わたくし、どうしちゃったの? なんで、こんなに胸がドキドキするの?」

 ついに、恋に目ざめたアルテミス。その青年を起こそうと思いましたが、せっかく気持ちよく眠っているのに、起こしちゃ可哀想だわ。なんて、気を使ったりします。こりゃもう本物ですな。それでも、どうしても青年とお話をしたくって、アルテミスは、彼の夢の中に入っていきました。これぞまさしく、元祖、バーチャルリアリティ。

「あ、あなたはだれですか?」
 自分の夢に、とつぜん美しい女性が現れたので、青年は驚きました。
「わたくしはアルテミス。月の女神です。驚かせてしまってごめんなさい。あなたの寝顔がとっても平和で安らかだったので、起こすのは忍びなく、こうして夢の中に入ってしまいました」
「アルテミス様…… あ、お会いできて光栄です」
「わたくしもです。あなたの名前を聞かせていただける?」
「あっ、ごめんなさい。ぼくはエンデュミオンと言います。羊飼いをしています。昼間の仕事に疲れてしまって、つい、ここで眠ってしまいました。アルテミス様のお気に障ったのなら謝ります」
「とんでもない!」
 アルテミスは、あわててエンデュミオンに言った。
「わたくしは、あの…… ああ、どうしよう」
「どうなさったのですか?」
「こんな気持ちは初めてです。どう伝えていいものか……」
「?」
 ハテナマークを浮かべる、エンデュミオン。(どうでもいいが、こいつの名前、タイプしづらいよ)
「わたくし!」
 アルテミスは意を決した。
「あなたのことが好きになってしまったみたい!」
「えーっ!」
 エンデュミオンはビックリ。羊飼いの自分が、女神様(それも、オリュンポスの十二神の一人)に告(コク)られるとは、夢にも思っていなかった。夢だけど。
「あわわわ。そんな、ぼ、ぼく、どうしたらいいのか……」
「ああ」
 アルテミスは顔を伏せます。
「こんな、はしたない女、お嫌いでしょうね」
「まさか、はしたないだなんて! アルテミス様は、とってもお美しくて、あの、その、ぼく、うれしいです!」
「あなたも、わたくしのこと、好きになってくれる?」
「もちろんです」
「ああ、エンデュミオン」
 アルテミスは、エンデュミオンの胸に顔を埋めます。
「アルテミス様」
「アルテミスと呼んで」
「アルテミス」
「うれしい」
 このあと二人は、熱いキスを交わします。処女の誓いなんて、完全に忘れてるアルテミス。ま、そんなモンでしょうな。恋の魔力は偉大です。

 こうして二人は、夢の中で楽しい時を過ごしした。下品な表現は使いたくないんですけど、文字どおり「楽しい時間」を過ごしました。意味わかるよね、大人なら。

「アルテミス」
 と、エンデュミオン。
「ぼくは、きみとの時間が永遠に続けばいいと思うよ」
 これを聞いたアルテミスは、喜びました。
「ホント? 本当にそう思ってくれる?」
「もちろんだよ」
「うれしい。愛してるわエンデュミオン。あなたを永遠に離さない」
「え? でも、ぼく人間だから、そのうち死んでしまうよ」
「冗談でしょ。あなたが老いて死んでしまうなんて、考えたくもないわ」
「でも……」
「大丈夫。わたくしは女神よ。お父様に頼んで、あなたが永遠に若くいられるようにしてもらうわ」

 アルテミスは、本気です。というか、恋は盲目。ゼウスに頼んで、エンデュミオンが永遠に夢の中で若く美しくいられるようにと頼んだのでした。(エンデュミオン自身が、ゼウスに頼んだと言う説もある)

 こうしてエンデュミオンは、二度と目覚めることがなかったのでした。そう言えば、マトリックスって映画見ました?エンデュミオンは、まさに元祖、マトリックスの住民ですねえ。しかし神様って、やることが変だよなあ。

 ちなみにアルテミスさん。処女の誓いを破ったのはいいにしても、破ったら破ったで、エンデュミオンとの間に、50人も子供をもうけたのでした。やりすぎだって、あんたら。

 いかがでしたでしょうか。アポロンとアルテミスのお話。次回は、ゼウスが珍しく浮気しないで、ヘラとの間にもうけた息子の話しをいたしましょう。

 では、また。