その赤っぽいモノはなんだ?
わずか数時間前のことだ。日付が16日から17日に変わろうとしているとき。ぼくは書斎のPCの前に座り、黙々と執筆活動に従事していた。そう。早く書かないと、首が長くなりすぎて死んでしまう人が出るかも知れないと恐れられている「召しませMoney!3」をだ。
ぼくはふとキーボードを叩く手を止めて、時計を見た。あと数分で日付が変わろうとしていた。そのとき異変は起こった。なぜだか、自分でも理由がサッパリわからないのだが、急に、どうしようもなく、猛烈に、チリビーンズが食べたくなったのだ!
ギャーッ!
もう、とまらない。とめられない。一度燃え上がったら、思い立ったことをやり遂げるまで気持ちが鎮火しないのだ。むかしから、そういう性格だからしょうがない。
気がつくとぼくは、黒いマフラーを首に巻き、黒い革のハーフコートを着込んでいた。夜の闇に溶け込みそうな服装だ。玄関に向かったところで、ふと思い出した。レシピを忘れた。また書斎に戻りチリビーンズのレシピをPCに表示した。材料をメモるためだ。
読者のみなさんから、メールなどでもいくつかのレシピを教えていただいたが、手っ取り早くウエンディーズの味になりそうなのは、掲示板で教えていただいたレシピだ。その材料をメモって、ぼくはまた玄関に向かった。
どこに行くって? 夜中までやっているスーパーに買い出しに行くのだ!
寒くなければ自転車で行くのだけど、外は極寒。東京の寒さなんて、北国に比べればたかが知れてるだろうけど、ぼくは寒がりなのだ。寒いのは苦手なのだ。というわけで、エコを無視して車に乗り込む。
ガソリンをむだに消費しながら運転すること数分。スーパーに到着。さっそく材料を買いそろえて……と思いきや、これが以外と難儀だった。美味しいものを食べるのは好きだが、自分で作るより、作ってもらう方が百万倍ほど好きなので、じつは、ほとんど台所には立たないのだ。ぼくがやるのは、もっぱら皿洗い。料理と言えばスパゲッティをゆでるくらいだ。
つまり、スーパーで食材の買い出しなんて滅多にしない。ハードボイルドな男が野菜なんか買うかバカタレ! ってなもんだ。
でも買った。タマネギはすぐ見つかったから。レッドキドニービーンズの缶も、わりとすぐに見つかった。一缶120グラム。レシピを見ると400グラムとか書いてあるので、とりあえず三缶買い物かごへ放り込んだ。
つぎはホールトマトか……と缶詰コーナーを見回したけど、ホールトマトの缶が見つからない。いくら見てもないんだよ。
むむむむ。どこだ。どこにある! スーパーの中をうろうろすること数分。やっと見つけたホールトマトの缶詰は、パスタ売り場に置いてあった。イタリア料理の食材だからか? でも缶詰だぞ。なぜ缶詰コーナーに置かないのだ! 矛盾を感じる。スーパーマーケットはハードボイルドな男にとって謎の場所だ。
と怒っても仕方ない。さてお次はチリパウダーだ。ところが、これも見つからない。オレはバカか? それともこの薄い茶色の目玉が節穴なのか? いや、もしかしてこのスーパーには置いてないのかも? そんな不安がよぎったので、カップラーメンの棚で商品を補充していたオッサンに聞いてみた。チリパウダーありますかと。
するとオッサンは、一瞬戸惑った顔をして、それって調味料ですよね? と聞き返してきた。たぶん、そうだろうとオレは答えた。では、こちらです。と、オッサンは案内のために先に立って歩きはじめた。
が、オッサンは、急に不安になったのか、こちらをふり返って、なにをお作りになるんですかと聞いてきた。チリビーンズだと答えたら、オッサンは、そんな料理知らないという顔で、ピザの上にかけるヤツですよねと、念を押すように聞いてきた。チリビーンズとピザの関係が、オレにはサッパリ分からんが、オレはピザの上にチリパウダーなんかかけない。と答えた。オッサンが、そうですかと言ったとき、われわれは調味料のコーナーに到着した。
なんというか、その……夜中のスーパーで、黒い革のハーフコートを着た男が、頭の毛がだいぶ寂しくなったアルバイト風のオッサンと、チリパウダーについて語るのは、シュールな雰囲気だった。できれば二度とやりたくないと思った。
やはりチリパウダーは調味料だった。だって、調味料の棚にあったから。オレはオッサンに礼を言って、肉のコーナーに足を向けた……
って、なんか口調が竜一になってるんですけど(苦笑)。まあいいか、本当に黒い革のハーフコートを着ていたから、このまま竜一調で行こう。
肉のコーナーで牛の合い挽きを買うのだ。が、ここでもまた問題が大発生した。なんと合い挽きが売り切れなのだ! ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ! 豚肉と鶏肉の挽肉はあるのに。くそう、ここまできて肝心な肉が手に入らないとは……夜中のスーパーなんか嫌いだ。
どうしよう。と、肉のコーナーをウロウロしてたら、ステーキ用の国産牛肉が、半額になっているのを発見した。二千円とかする、けっこうデカイ肉だ。それが千円で買えるのか。夜中のスーパーってお得だな。つい買ってしまいそうになったが、待て待て、オレはチリビーンズを作るためにここへ来たんだと、自分に言い聞かせた。髪の毛の寂しくなったオッサンと、チリパウダーについて深遠なカンバセーションまでして、ここにたどり着いたのだ。いま、志を変えてどうする!
しかし、合い挽き肉がない。どうする? 間違っても鶏の挽肉はダメだよな。でも豚ならなんとかなるんじゃないか。だって、牛肉の入ってない合い挽き肉だと解釈すれば、半分は正解じゃないか。いや待て、早まるな。牛肉の入っていない合い挽き肉ってなんだよ。それって存在の矛盾じゃないか。でも、失敗したらしたで、それもエッセイのネタになるんじゃないか? むう。そうだな。そう思うことにしよう。
という思考を経たのち、オレはやっと豚の挽肉を買い物かごに入れた。よし、これで材料は揃ったな。ではレジへ。
レジ係は、意外なことに若いお嬢さんだった。レジ係というと熟女――それも熟れすぎた――が多いと思っていたけど、夜中のスーパーは若い子が働いてるんだな。急に夜中のスーパーが好きになってきたぞ。
なんて冗談はさておき。家に戻って、買ってきた食材を広げてみた。
げげげっ! ガーリックパウダーを忘れたぞ! あわてて冷蔵庫をのぞいたら、ニンニクそのものが入っていた。ほっと一安心。こいつをすりつぶせば同じことだろ。たぶん……
写真1 これが食材だ! キッチンをあわてて片付け、わが愛機キヤノンのG10で撮影。
というわけで、クッキング、スタート!
写真2 まずはニンニクをすり下ろした。生まれてはじめてやったよ、こんなこと。
写真3 それをオリーブオイルを入れた鍋にインストール。何度も書くようだが、おろしニンニクを炒めるなんて、生まれてはじめての経験だ。ちなみに、スライスしたニンニクなら炒めたことがある。すごいだろ。
写真4 タマネギをみじん切りにした。お、多くないかこれ? レシピにタマネギ二個って書いてあったから、ぜんぶ切っちゃったぞ。いいのか?
写真5 まあいいか。もったいない。ぜんぶ入れちゃえ。しかしなんだね、このタマネギ。こうして見ると、みじん切りと言うより角切りじゃないか? ほっといてくれ。料理は下手なんだ。(←自己完結)
写真6 豚の挽肉を入れた。多くないかこれ! 多いだろ、ぜったい!
写真7 なんかマズそ〜。すごく不安。
写真8 レッドキドニービーンズを入れる……って、これも多いだろ! 何人前作るつもりなんだオレは! それはそうと、レッドキドニービーンズって、ゴキブリの卵に似ていると思うのはオレだけだろうか? 似てるよね、これ。
写真9 ホールトマトを入れる。
写真10 煮込む。なんか色が変だ。薄い。もっと、どす黒い赤というか、茶色に近い赤にならなくちゃ、ウエンディーズのチリじゃない。しかも、指についたホールトマトが、わが愛機キヤノンのG10にも、ついてしまった! 料理をしながら写真なんか撮るもんじゃないな。(このあと、ぶつぶつ言いながら、カメラについたトマトを拭き取ったのは言うまでもない)
写真11 全部入れた証拠写真。
写真12 煮込まれていく……けど色に変化なし。こんな色ではダメだ。もう失敗だ。テンション下がるぜ。いったい、なにが敗因だ? なにを間違えた? やっぱ具材の量か? ホールトマトに対して、タマネギと挽肉と豆の量が多すぎるのか。挽肉が合い挽きじゃないからか。だから色が薄いのか。オレはいったい、なにを作っているんだ。
写真13 待てよ。これが切り札だよな。髪の毛の寂しいオッサンと、シュールなカンバセーションを楽しんで、やっと買えたチリパウダー。こいつを入れれば、もっと赤くなるか。
写真14 こわごわ入れて見た。残念ながら色に変化はなかった。けれど、チリパウダーを入れたとたん、ウエンディーズのチリの匂いになった! そうか、チリパウダーが、匂いの重要な成分だったのか!
写真15 しかーし! 色に変化がない! 味見してみると、味まで薄い! くそう。なにかが間違っている。仕方ない。トマトケチャップ入れちゃえ。ちなみに、トマトケチャップはハインツのに限る。これが一番味が濃くて好きだ。フライドポテトを買ってきて食べるときの必需品だから、いつも冷蔵庫に常備してあるのだ。うはは。まいったか。
写真16 一応完成……だけど。なんだこれ?
ダメだ〜。トマトケチャップを入れて、多少よくなったけど、相変わらず色が薄いっていうか、深みがないっていうか、汁が少ないっていうか、味も薄いっていうか、レッドキドニービーンズはゴキブリの卵に似ているというか〜。
とにかく、ウエンディーズのチリとは、だいぶ趣の異なるモノができあがった。なんだこれは。なにを作ってしまったんだ。大失敗だ! 食材に千円以上もかかったのに! こんなことなら、半額のステーキ肉を買ってきたほうがよかった。ステーキなら焼くだけだもんな。同じ千円で、ずっと幸せになれたぞ!
と思いきや!
味にコクがないのを塩で誤魔化したら、これはこれで、そんなにまずくなかった。ウエンディーズの味とは、かなり違うけど、食えないシロモノでもない。まあ、いきなり成功! ってのも無理だよな……と自分を慰めながら一皿食べきったときに気づいた。
しまった! コンソメを入れるの忘れた!
それで味にコクがないのか! それとやはり、挽肉が豚だからだな。牛肉100%か合い挽きでなければ、あの味は出ないと思われる。むむむーっ。やっぱり料理を作るのは嫌いだ。作ってもらう方が百万倍……いや、一億倍も好きだ!
でもね〜、彼女にウエンディーズのチリビーンズを作ってくれと頼んだら、そんなもの作り方がわかりませんと怒られたのだ。そもそも辛いモノが嫌いだから、彼女は作りたがらないのだ。だから夜中に自分で作っちゃったのだ。そして見事に失敗したのだ。クスン……
しかし!
失敗は成功の母というじゃないか。この屈辱を胸に刻んで、夜中にまた、チリビーンズ熱が突然襲ってきたら、再挑戦してみます〜。ふう。疲れた。
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