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いま彼の目の前には、グレニック星のマラン遺跡が広がっていた。この遺跡は、文明惑星の中で最古と言われている。
「か、感激だ……」
ケインの声は、少し震えていた。
「この感動を言い表す言葉が見つからない。人間、まじめに生きてれば、いつかいいことがあるって死んだジイさんが言ってたけど本当だな」
それもそうだろう。マラン遺跡は崩壊がかなり進んでいるため、ふだんは立ち入りが制限されている。プロの研究者なら入れるが、ケインのようなアマチュアは、十五公用年に一度しかない、一般解放日を狙うしかないのだ。そして、そのチャンスが今日だった。
「大げさねえ」
ランルドルネがケインの後ろで肩をすくめた。
「こんな壊れかけた遺跡がそんなにすごいわけ?」
「ラニー」
ケインはランルドルネを振り返り、まゆをひそめた。
「なんど説明すればわかるんだ。ここはグレニック星の王朝があった場所なんだぞ。いいか。グレニックの王朝と言えば、銀河最古の文明だ。最古だぞ、最古」
「古けりゃいいってもんでもないでしょうに」
「古いからいいんだってば!」
「はいはい。わかたってば。怒鳴らなくたっていいじゃない」
「ここの価値がわからないなんて、怒鳴りたくもなる」
「ふん。悪かったわね」
「おっと、ラニーと漫才をやってる場合じゃない。入場許可は二時間しかないんだった」
ケインは、ランルドルネとの会話を中断して、マラン遺跡の中に入っていった。
「ちょっと、待ってよ」
ランルドルネもケインの後を追う。
荘厳。
さすがのケインも、そんな言葉しか浮かばなかった。これほど見事な遺跡は見たことがない。
「ふーん。ここが王の玉座があった神殿の跡なのね」
ランルドルネが言った。
「よくわかったな」
ケインがランルドルネを振り返ると、なんと彼女は、よく宇宙ポートのみやげ物屋で売っているハンディタイプのガイドブックを見ていた。
「こらーっ! そんなもん見るな!」
「えっ、なんでよ?」
ランルドルネは首をかしげる。
「なんでって、なんでって…… と、とにかくやめてくれ。雰囲気が壊れる」
「はいはい。わかりました」
ランルドルネは、クスッと笑ってガイドブックをズボンのポケットに押し込むと、ケインと腕を組んだ。
「じゃあ、ダーリンが、ちゃんと説明してよね」
「当たり前だ」
ケイン復活。
「ぼくは、そんなガイドブックより百万倍は詳しいぞ」
「ふふ。百万倍ときましたか。まあ、ケインが言うと、あながち誇張じゃないような気もするね」
「いや…… 千倍くらいにしとこう」
「アハハ。正直ねえ」
ランルドルネは笑った。
二人は、腕を組んだまま、神殿に入ってゆく。
「ねえケイン。なにか壁に文字が書いてあるわ」
「原始グレニック語だ」
ケインが即座に答える。
「意味は、『わが命はライアの神と共にある。わたしたちはライアの息子。そして娘。水の精霊はわたしたちに恵みを与え、ライズは宇宙の知恵を与える。そして、すべての喜びはライアの神の元にある』と、訳せる」
「ケイン、古代の言葉がわかるの?」
「原始グレニック語は、そらで覚えてる」
「ワォ。ホント好きねえ」
「グレニックが銀河の知的文明の発祥だぞ。考古学を目指すなら、原始グレニック語は、必修科目だよ」
「ふーん。ライアとライズって神様がいたわけ?」
「ライアは神様だ。でも、ライズというのは悪魔だったという説もある」
「ねえ、さっきから気になってるんだけど、神殿の奥にある泉が不思議な形をしてるね。なんか、人の口みたい」
「そう。まさにあれは精霊の口だよ」
「水の精霊?」
「ああ。あれがライズだよ。ライズは水に関る精霊でもあるんだ。近くに行ってみよう」
ケインは、先に立って神殿の奥に向かった。
「これは」
と、ケインは泉の縁に手をかけて言った。
「水の精霊がグレニック人を食べているところを抽象的に表したものだ」
「人を食べる?」
ランルドルネは眉をひそめた。
「古代グレニックでは水は人を食うものとされていた。古い時代には、洪水で多くの被害が出たことの現れだな。グレニック人は水の精霊を崇めると同時に恐れてもいた。さっきライズという、知恵の精霊が悪魔という説があるって言ったよね。じつは、宇宙では知恵を悪しき物として扱う種族は意外と多い。たとえばぼくの母星である地球でも、人間が知恵の実を食べた罪で、神の怒りを買い、楽園を追われる伝説がある」
「へえ。なんで知恵が悪いわけ?」
「伝説というのは、時の権力者が民衆を従わせるために作り上げた可能性がある。そう考えれば、不思議でもないさ」
「なんでよ?」
「知恵は力だ。知識にはパワーがある。民衆が知恵をつけたら、権力者にとって危険なんだよ。今ではどの文明惑星でも民主主義が当たり前だけど、それは民衆に知恵がなければあり得ない制度だ。だから古代の権力者たちは、知恵を神のみが知り得る物として封印した」
「ああ…… なるほど。歴史って奥が深いね」
「だろ。だから楽しい。まったくやめられないね」
ケイン、うきうきしている。
「じゃあ、隣の遺跡に移ろう。生け贄を捧げた台があるはずだ」
「生け贄?」
「そうなんだよ。グレニック人でさえ、古代の残忍な思想と無縁ではなかった」
ケインは、歩きながら、とくとくと生け贄の話を始めた。
ランルドルネは、ケインと腕を組みながら、彼の話を聞いていた。いい若い者がするデートとしてはひどく変わってるわねえ。と、ちょっと苦笑いを浮かべる。でもランルドルネは、ケインの好きなことに付き合うのは嫌ではなかったし、むしろ、自分がケイン色に染まってゆくのを心地よく感じてさえいた。
こうして、お互い影響し合って年を重ねてゆく。それはきっと、ケインとランルドルネの人生にとって、とてもすばらしいことなのだろう。 |
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