Gift - illustration
珠美と冬美
ショートストーリー
 みなさん、こんばんは。森川光彦です。久しぶりの登場だから、忘れてる人もいるかもしれないけど、妖怪猫娘と結婚した、超ラッキーな男だよ。え? なんで妖怪と結婚してラッキーなのかって? そりゃあんた、ぼくの妻を一目見ればわかるよ。信じられないくらい美人なんだぜ。

 と、おのろけはともかく。今日は、珠美の実家で七夕パーティーが開かれたんだ。その様子をお届けしよう。
「お姉ちゃん」
 珠美の妹の冬美ちゃんが、短冊を笹の葉にくくりつけながら言った。
「お姉ちゃんってさ、本当に浴衣が似合うよね」
 そう。珠美は浴衣を着ていたのだ。
「あら」
 珠美は、にっこりほほ笑んだ。
「冬美こそステキよ」
 冬美ちゃんも浴衣姿だった。珠美が言う通り、さすがは雪女。着物が似合う。でも雪女が夏に浴衣を着てるって、なんとなく矛盾を感じるんだが…… まあいいか。
「うはは」
 と、お義父さんの笑い声が聞こえた。お義父さんは、いつのまにか、縁側に座って、庭にいる珠美たちを見ていたぼくの後ろに立っていた。
「どうかね光彦くん。わたしの娘たちは。こーんな美人の娘を二人も持った親は、世界広しといえど、わたしぐらいのもんだろ」
「まったくですね」
 ぼくは、素直に同意した。
「その一人を盗んでいった気分はどうかね?」
「盗んだなんてそんな。いただいたんです」
「返してくれっていったらどうする?」
「残念でした。お返ししませんよ。もう、ぼくのものです」
「くーっ、この果報者め。このこの」
 お義父さんは、ぼくの頭を軽くこづいた。
「痛たた」
 ぼくは、苦笑しながら、お義父さんから逃げた。
「あなた」
 と、こんどはお義母さんの声がした。
「なにを、みっともないことをしてるんですか。光彦さんを困らせるんじゃありません」
 お義母さんは、居間の方から、首だけにょろ〜っと伸ばして、お義父さんを叱った。ちなみに、お義母さんは、ろくろっ首なのだ。お義父さんは烏天狗。
「だって、かーさん。かわいい珠美が、嫁にいったかと思うと…… グスン」
 お義父さんは、鼻を鳴らした。
 いやあ、申し訳ないですね。いただいちゃって。ヘヘヘ。
 と、そのとき。
「旦那さま〜」
 ぬらりひょんの佐藤さんが、足音もなくやってきた。佐藤さんは、ナメクジの妖怪なのだ。梅雨時は、とくに元気がいい。
「若旦那さまの〜 ご家族の〜 みなさんが〜 お越しに〜 なられました〜」
 佐藤さんは、ぼくを若旦那と呼ぶ。なんだかなあ。
「お、来たかね。お通ししなさい」
「はい〜」
 佐藤さんは、玄関の方へ戻っていった。
 しばらくすると、ぼくの家族が、どやどやと入ってきた。
「あ、直樹さん!」
 冬美ちゃんは、ぼくの弟を見て、庭から手を振った。
「やあ」
 と、直樹も、手を振り返した。
 直樹と冬美ちゃんは、付き合ってるらしいんだよね。兄弟で姉妹をいただいちゃうのは、マズイと思うんだけどなァ。
 お袋とお義母さんは、さっそく世間話を始めた。ろくろっ首でも、普通のオバサンだ。もちろん、ぼくのお袋も、普通のオバサンだ。
「おう、ゴンちゃん! 久しぶり!」
 ぼくの親父は、お義父さんのことを、ゴンちゃんと呼びやがった。そりゃ、お義父さんの名前は、権蔵(ごんぞう)だけどさァ。
「いやあ、よく来たな狂ちゃん!」
 お義父さんも、ぼくの親父を友だちのように呼んだ。この二人、いつのまにか、マジで仲がよくなってるみたいだ。
「うひひ」
 と、ぼくの親父。
「今日は、いいもん持ってきたぜ。一八六二年もののワインだ」
「おお、すごい!」
 お義父さんは、マジで驚いた。
「すごいじゃないか狂ちゃん。高かったろ」
「なーに、気にするな。こないだ、バチカンに出張したとき、くすねてきたヤツだ」
 信じられないことだが、ぼくのバカ親父は神父なのだ。
「こら親父!」
 ぼくは怒鳴った。
「バチカンから、ワインを盗んでくるとは、どういう了見だ!」
「だって、人はパンのみに生きるにあらずって言うジャンかよ」
「そういう問題じゃないだろ……」
 いきなり、ぼくは頭が痛くなった。
「心配するな。パウロくんは、心のひろーいヤツだからな」
「パウロくんってだれだよ」
「おまえ、ローマ法王の名前も知らないのか?」
「パウロくんなんて呼ぶな!」
「んじゃ、パウちゃん。む。なんか、かわいい呼び名だな」
「もっと悪いわ!」
「がたがた、うるさいヤツだ。あんまり怒るとしわが増えるぞ」
 ダメだこりゃ。
 ぼくは、バカ親父の相手をやめた。
「直樹さん、直樹さん」
 冬美ちゃんは、縁側に駆けてきた。
「どう? 浴衣を着てみたんだけど」
「ナイス!」
 直樹は、親指を突きたてた。
「冬美ちゃんは、なにを着ても似合うけど、やっぱり和服系が一番だね」
「えへへ。そうかな」
 冬美ちゃんは、照れ笑いを浮かべた。
「さーて」
 と、ぼくの親父。
「んじゃ、そろそろ飲み会を始めるか」
「はーい。あたしお酌しまーす!」
 冬美ちゃんが、元気に手を挙げた。ホントに雪女かね?
 ぼくは、苦笑を浮かべながら、庭に降りた。
 珠美が、まだ笹の葉に、短冊を飾っていたので、手伝おうと思ったのだ。
「手伝うよ」
「ありがとう」
 珠美は、笑顔を浮かべた。
「でも、すぐ終わるから平気です。光彦さんも、お義父さまたちと、お酒を召し上がってくださいな」
「あの人たちに付き合ってたら、身体がもたないよ」
「うふふ。そうですね」
 珠美は、クスクス笑った。
 ぼくも、笑顔を返してから、短冊を一枚、笹の葉につけた。そのとき、冬美ちゃんの願い事が書かれた短冊が目に留まった。
「ははは。かわいいね、これ」
 そこには、お姉ちゃんみたいな、ステキな花嫁になれますように。と、書かれていた。
「どれ?」
 と、珠美も、冬美ちゃんの短冊を見た。
「ああ、それね。冬美も女の子ですね」
「珠美は、どんなお願いを書いたの?」
「わたしのは、これです」
 珠美が見せたそれには、光彦さんと、いつまでも幸せに暮らせますように。と、書かれていた。
「はい、がんばります」
 と、ぼくは答えた。
「うふふ。わたしも、がんばります」
 珠美は、輝くような笑顔でぼくに言うと、ふと空を見上げた。
「いまごろ、彦星と織り姫も、こうして二人で楽しくお話をしてるのかしら」
「だろうね。一年に一回のデートだもん」
「わたしは、ずっと光彦さんと一緒にいられるから、幸せ者ですね」
「それを言うなら、ぼくこそ――」
 ぼくが、言いかけたとき。直樹が、あわてて庭に飛び出してきた。
「兄貴! 義姉さん! 大変だ!」
「どうした?」
「お、親父たちが、冬美ちゃんにお酒を飲ませちゃったんだよ!」
「なんだって?」
「まあ、大変!」
 珠美は、直樹の言葉に驚いて、あわてて屋敷の中に入った。もちろん、ぼくも後を追った。
 すると。
「あー、お姉ちゃん」
 居間で、顔を赤らめた冬美ちゃんが言った。
「このお酒、美味しいよぅ。一緒に飲もうよぅ」
 冬美ちゃんは、完全に酔っぱらっていた。
 どうやら、お袋たちが料理を作りに、台所に行っていていないのをいいことに、冬美ちゃんに酒を飲ませたようだ。懲りない連中だ。
「親父!」
 と、ぼく。
「あれほど、冬美ちゃんには、お酒を飲ませるなと言っただろ!」
「うはは」
 と、親父。
「かたいこと言うな。今日は無礼講だ」
「年がら年中、無礼講じゃないか、あんたは!」
「おーっ、うまいこと言うね光彦くん、うはは」
 お義父さんも、すでに酔っていた。
「もう、冬美ったら」
 と、珠美。
「あなたお酒に弱いんだから、あれほど飲んじゃダメだっていったでしょ。ほら、グラスを返しなさい」
「はーい。ごめんなさーい。キャハハ。あーっ、お姉ちゃん。身体が熱いよぅ。熱い、熱い、熱い〜」
「自分の部屋に戻って、身体を冷やしなさい」
 冬美ちゃんの部屋は、マグロの冷凍庫を改造した、特別な部屋だった。マイナス四〇度まで冷やせるそうだ。
「うーっ。がまんできないよぅ。あたし溶けちゃう〜」
「ダ、ダメよ、冬美。がまんして!」
「がまんできない〜」
 冬美ちゃんの身体の周りから、ドライアイスのような冷気が発生した。
「やばい!」
 ぼくは、珠美の手を取った。
「逃げるぞ珠美!」
「はい!」
 ぼくと珠美は、一目散に居間から逃げた。
 とたん。
 ゴーッという轟音とともに、ブリザードが発生した。
「あちゃ〜」
 こうなることがわかっていた直樹が、外に逃げたぼくに言った。
「やっぱり、やっちゃったか。冬美ちゃんのブリザードは、強烈だからなあ」
「おまえ、わかってたんなら、止めろよな」
「オレが、冬美ちゃんを止められるわけないだろ」
「おまえ苦労するよ、これから」
「うん。そうかも……」
「直樹さん。そんなこと言わないで、冬美をよろしくお願いしますね」
「あ、はい。義姉さん。もちろんです。はい」
「ありがとう」
 珠美は、にっこりほほ笑んだ。
「さて」
 と、ぼく。
「そろそろ、バカ親父を見に行くとするか。まあ、見なくてもわかるけどね」
 思った通り、居間に戻ると、美しくない氷のオブジェが完成していた。
「お姉ちゃん」
 と、酔いが醒めた冬美ちゃんが言った。
「ごめんなさい。また、やっちゃった」
「そのようね」
 珠美は、氷付けになった、自分の父親と、ぼくの親父を見ながら言った。
「これに懲りたら、もうお酒を飲んじゃダメよ」
「はーい」
 そのとき。お袋たちが、料理を持って、台所から戻ってきた。
「あらあら」
 と、お袋。
「なんだか知らないけど、うるさいのがいなくなったみたいね。ゆっくり七夕を楽しむとしましょう」
「ホントですわね」
 お義母さんも同意した。
「亭主凍って、留守がいいわ」
 ぼくらは、一斉に笑った。
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