Gift - illustration
珠美
ショートストーリー
 ぼくは、珠美のお父さんの口利きで、やっと就職することができた。まだ仕事には慣れなくて、けっこう大変だけど、そんなこと少しも苦じゃない。当然じゃないか。家に帰れば、愛する妻が待っていてくれるんだから。
 築十五年の安アパートの二階にある二〇五号室のドアには、白いプレートに『森川』と書かれている。そう。ここが珠美と結婚してすぐに引っ越してきた新居。狭いしお世辞にもきれいじゃないけど、ここがぼくと珠美が、夫婦としての人生をスタートさせた場所なんだ。
「ただいま」
 ぼくは、アパートのドアを開けた。
「おかえりなさい光彦さん」
 珠美が笑顔で出迎えてくれた。もう、すっかり慣れた手つきで、ぼくの背広を脱がしてくれる。
「今日は少し暑かったでしょう?」
 珠美が聞いてきた。
「うん。昼間はまだ残暑が残ってるね」
「クーラーかけましょうか?」
「いや、いいよ」
 ぼくは、首を振った。
「光彦さん。わたしのことなら気にしないでくださいね。いくら寒がりでもクーラーぐらい平気です」
 珠美は、背広をハンガーに掛けながら言った。
「そうじゃないよ。夕方になったら少し涼しいからさ。電気代ももったいないし」
「それならいいのですけど」
 珠美はほほえんだ。
「ねえ、光彦さん。お風呂を沸かしてありますから、お夕飯の前に汗を流したらいかがですか?」
「そうするよ。ところで、今日の晩飯はなに?」
「はい。中華に挑戦しようかなと思ったんですけど」
「失敗した?」
「もう、光彦さんったら」
 珠美は笑いながら言った。
「じつは、お義母さまにお魚とお新香を頂いたんです。だから予定変更です」
「お袋が来たの?」
「いいえ。わたし今日、光彦さんのご実家にお料理を教わりに行ったんです。八宝菜の作り方を教えていただこうと思ったのですけど、お義母さまが、そろそろサンマの美味しい季節ねっておっしゃって、ツミレの作り方を教えてくださったんです」
「サンマのツミレ?」
「はい。おつゆにしました。それと、普通に焼いたサンマと、ヒジキの煮物に、お豆腐の揚げ出しと、あとはほうれん草の胡麻和えを作りました。お義母さまに教わったばかりですから、味は保証付きですよ」
「ずいぶん作ったね。なんか、豪華な感じ」
「お料理ってすごく楽しくって。でも、作り過ぎちゃうのが問題ですね」
「珠美、料理がうまくなったもんな」
「ホントにそう思ってくれてます?」
「神様に誓って」
「あら。光彦さんって、神様を信じていなかったはずですよね?」
「あっ、ばれた?」
「もう、光彦さんったら」
 ぼくは頬を膨らませる珠美を見ながら思った。
 なんか、すごく幸せだなあ。
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