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ロアンズ号のような宇宙戦闘艦は、商船と違って燃料の消費量が桁違いだ。だから燃料業者との値段の交渉は、とても重要なのだ。もちろんそれは、ケインの仕事である。
その日ケインは、燃料業者との交渉が終わって、ロアンズ号に戻った。渋い業者だったが、なんとか一割り引きで交渉を成立させてきた。
ふう、疲れた。ケインは、やれやれと、仕事を終えて帰宅するサラリーマンのような顔で、ロアンズ号のブリッジに入る。
「おかえりなさい、あなた」
ランルドルネが、ニッコリ笑顔を浮かべて、ケインを迎えた。
「は?」
と、ケイン。なんかランルドルネの様子がおかしい。
「えっと…… その格好なに?」
「これ? これはエプロンって言うのよ」
「知ってるよ。なんでラニーがエプロンなんかしてるのかって聞いたの」
「やあねえ、エプロンは新妻の重要なアイテムじゃない」
ううむ。しかし、エプロンと一緒にガンベルトは下げないと思うぞ。と、ケインは心の中でつぶやいた。エプロンと高出力レイガン。シュールだ。
「ピュイ……」
と、プレップ。
「今日のラニー変」
「うるさいわね。ケイン。じっとしてて」
ランルドルネは、プレップを睨みつけてから、ケインの上着を脱がそうとする。
「わわっ、な、なんだよ」
「逃げないでよ。上着を脱がしてあげようと思っただけだってば。これも、新妻の仕事なんだから」
「は、はあ…… そうですか」
ケインは、頭の上にハテナマークを浮かべながら、ランルドルネのなすがままに、上着を脱がされた。いったい、どこでそんな知識を?
「お疲れになったでしょダーリン」
「え? はあ、多少は」
「お食事になさいます? それともお風呂? それとも、あたし? なんちゃって」
ランルドルネは、新婚ほやほやの新妻のように、照れた顔を浮かべて、ペロッと舌を出した。
ぞぞぞぞぞっ。全身に鳥肌が立つケイン。
「だ、大丈夫か、ラニー!」
ケインは、あわててランルドルネのおでこに手を当てる。
「熱はないな。今日なにを食べた? 変なもの食べたんじゃないだろうな?」
「バカね。なに言ってるのよ」
「ま、まさか!」
ケインは、ランルドルネから離れる。
「おまえ、偽物か!」
「いい加減にしなさいよ!」
ランルドルネは、腰に手を当てながらケインを睨んだ。
「言わせておけば、変なもの食べたとか偽物だとか、バカ言ってんじゃないわよ。あんたが喜ぶと思って、こーんな格好して、新婚ごっこやってんじゃないのさ!」
ケイン、ホッと息をつく。
「ああ、よかった。いつものラニーだ。一時はどうなることかと思った」
「いつものラニーってなによ。まるで、いつもいつも怒ってるみたいじゃないのさ」
「まさか。ラニーがいつも怒ってたら、ぼくなんかとっくのむかしに殺されてる」
「あのね……」
「とにかく、なにを考えてるのか知らないけど、新婚ごっこなんて気持ち悪いことやめてくれ」
「気持ち悪いですって?」
ランルドルネの右の眉がピクリと上がる。
「んもう、頭に来た! 今夜は十回やらせてやる!」
「死んじゃうよ!」
「うるさーい!」
ケインに襲い掛かるランルドルネ。
「うわーっ!」
ケインの悲鳴。
「ピュイ。ケイン大変。合掌」
こうして、ロアンズ号に流れるグレニック標準時の夜は更けていくのであった。 |
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