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新緑がまぶしい季節になった。初夏っていいよね。心も身体も軽くなる。よく晴れた日曜日の午後なんて、思わず散歩なんかしてみたくなっちゃうわけなんだけど……
「オヤジ」
ぼくは、こめかみに血管を浮き上がらせながら言った。
「あんた、こんなところでなにしてんだよ」
ここは、ぼくと珠美が住んでいるアパートの近くにある商店街だ。ちょっと散歩がてら、珠美と二人で買い物に出てみたら……うちのくそオヤジが、商店街で露店を出していたのだ。
「なにっておまえ」
オヤジは、ぼくを見ながら心外そうな顔で言った。
「布教活動に決まってるだろ、布教活動」
「商店街のど真ん中で、十字架のネックレスを売るのが布教活動かよ!」
「いやあ、今月は飲みすぎちゃって、かーさんに怒られちゃってよ。ちょっくら小遣いでも稼ごうかと……じゃなくてだな。迷える小羊に、ありがたーい十字架を売りつけて差し上げようと思っている、この熱い信仰心がおまえにはわからんのか」
「わかるか、バカ!」
「バカ? おまえってやつは、どーしてそう尊属を敬わないかね。親の顔が見たいよ」
「見たくもないし、信じたくもないけど、いま目の前にいるニセ神父がぼくの親という説がある」
「だれがニセ神父だ、だれが!」
「あんたにきまってるだろーに!」
ぼくと、くそオヤジが怒鳴り合っていると、珠美がクスッと笑った。
「相変わらずですね、お義父さまったら」
「おー、嫁よ。おまえも相変わらず美人だね」
「ありがとうございます」
珠美は、ちょっと苦笑しながら言った。
「それにしても、よくここにお店が出せましたね。道路交通法違反じゃないんですか?」
「いいこと言うなあ!」
ぼくは、勢い込んで言った。
「珠美の言う通りだ。道路交通法違反だぞ! 通報してやる!」
「うはははは。息子よ。父親を甘く見るなよ。警察の許可なんぞ、とっくのむかしに取り付けてあるわ!」
「なに? どうやって買収した?」
「人聞きの悪いこと言うな。ここの警察署長とは、むかしちょっとあってな」
「ハッキリ言えよ。豚箱にぶち込まれたことがあるって」
「おまえって、ホントかわいくねえよな」
「当たってるのか?」
「うっ……」
「白状しろ。前科何犯だ?」
「いや、まあ、そ、それはそれとしてだ。ここの警察署長が悪霊にとり憑かれたとき、徐霊してやったのがオレなのだ」
「悪霊? また、そういう嘘八百を」
「おまえね、妖怪と結婚したくせに、そーいうこと言うわけ?」
「うっ……珠美。悪霊ってホントにいるの?」
ぼくが珠美に聞くと、彼女はちょっと考えてから答えた。
「そうですねえ……わたしは直接見たことはありませんけど、性格の悪い精霊がいるのは事実だと思います」
「マジ? 怖いねそれ」
「大丈夫ですよ」
珠美は、にこっと笑った。
「悪い精霊は、悪い人にしか寄ってこないんです。光彦さんには近づきもしません」
「よかった」
ぼくはホッとしたあと、ふと重大なことに気がついた。
「待てよ。そうすると、ここの警察署長は、悪いヤツってことになるぞ」
「おう」
と、くそオヤジ。
「あの野郎。警察の金を横領してやがってよ、そんで、守銭奴の悪霊が寄ってきやがったんだよ」
「それは……徐霊したお礼というより、弱みをにぎっているというのではないのか」
「まー、そうとも言うな」
「あんたこそ、よく悪霊にとり憑かれないもんだな」
「だからほら」
オヤジは、売り物の十字架を一個手にとった。
「オレってば、神様に守られてるからさ」
「もういい。勝手にやってくれ」
「なんだよ。冷やかしかよ。一個買ってけよ」
「いいかげん殴るぞ……」
「わーっ、冗談だってば! 怒ると血圧上がるぞ、息子よ」
「大丈夫です」
と、珠美。
「お味噌汁は塩分控えめで、お醤油も、あんまり濃いのは使わないようにしてます。栄養のバランス考えてるんですよ」
「おー」
と、オヤジ。
「妻の愛だな。よしよし。よくできた嫁には、ご褒美に、十字架を一個あげよう」
「わっ。お義父さま、ありがとう」
珠美は、オヤジから十字架をもらって、うれしそうにほほ笑んだ。
「いや、珠美。血圧が上がるって言うのは、そういう意味ではないと思うけど」
ぼくは、一人頭を抱えながら言った。
「え? 違うんですか?」
珠美は、ちょっと首をかしげた。うーむ。珠美もたまにボケるんだよな。そこがまたかわいいんだけど。
「ま、いいか」
ぼくは、珠美と手をつないだ。
「行こう珠美」
「はい。お義父さま。あんまり羽目を外して、お義母さまを困らせちゃダメですよ」
「へいへい」
と、肩をすくめるオヤジを見てから、ぼくらは近くの公園に向かった。
「まったく、オヤジにも困ったもんだよ」
「そうですね。でも、この十字架は本物ですよ」
「本物?」
「はい。わずかですけど、聖なる霊気が宿っています。雑霊ぐらいなら退けることができそうですね」
「ふーん。オヤジもまんざらニセ神父でもないか」
「ええ、たぶん」
珠美はクスッと笑った。 |
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