たまわりてソウロウ!

▼ あらすじ

親が決めた縁談が嫌で大江戸に逃げてきたお転婆娘、琴姫。縁日で偶然出会った邦にまとわりつき大騒ぎ。そんでもって、お清姉さんも青吉も巻き込み大騒ぎ。はては、老中も出てきて大騒ぎ。出てこないと嘘だよ、悪徳商人も大騒ぎ。当然、用心棒の先生も大騒ぎ。はてさてどうなりますやら、大江戸八百八町……とにもかくにも大騒ぎ。

▼ 主な登場人物

◎矢島邦四郎
通称(邦さん)。物語の主人公。
容姿端麗にして武に秀で、義理人情に厚いが、喧嘩好きが玉にきず、悪い奴を懲らしめる大江戸の人気者。具足奉行、矢島平蔵の四男だが、現在、勘当の身。長屋で「うけたまわりそうろう」と看板を掲げ、いわゆる何でも屋を食い扶持としている。大森六郎左衛門を祖とする大森流抜刀術の使い手で、師範代の腕を持つ。

◎清華(きよか)
西川流の踊りの師匠。
気だてのよさから、お清姉さんとみんなに慕われている。実は大江戸一の豪商、灘屋善左衛門の妾の子。母親のおせいが亡くなってからは自立し、現在に至る。二年前に辻斬りに襲われたところを邦に助けられ、
以来、何かと邦の世話を焼いている。

◎琴姫
水戸藩、徳川家の姫君。
親の取り決めた縁談に反発して、国元を飛び出し、大江戸に遊びに来たお転婆姫。

◎????
謎。KUNIの設定にはないTERUオリジナル。こいつが、けっこうポイント。

▼ 雑魚のみなさま

◎伊勢屋青吉
大江戸で二番の酒屋、伊勢屋文兵衛の三男。邦の舎弟と勝手に思いこんでいる遊び人。

◎辻屋惣右衛門
反物屋、辻屋の主人。
時の老中、坂田電蔵に取り入り、ここ一年ほどで成り上がってきた悪徳商人。

◎半兵衛
そば屋のおやじ

◎きみ
通称(おきみちゃん)。そば屋の看板娘

◎銭形平次
ご存じ、神田明神下の名物岡っ引き。

◎大岡越前
こちらもお馴染みの名奉行。




たまわりてソウロウ!


 はじまり。


 さあ、さあ、さあ、さあ!
 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ちょいとそこ行くお嬢さん、スカした顔のお兄さん、ジイちゃんバアちゃん、オカマさん。お嬢ちゃんお坊ちゃんも寄っといで。
 人生、山あり谷ありどツボあり。景気は沈んだり潜ったり、気分は閉じたりふさいだり。右に辻斬り左にリストラ、ついでに臨海事故ときたもんだ。ウランの沈殿槽はピカッと青く光っても、この世は暗い話ばかりなり。
 さあ、さあ、さあ、さあ!
 そんな世間にお嘆きのあなたはお立ち会い! 抱腹絶倒、前代未聞、前言撤回。腹を抱えて大笑い。笑いすぎてお腹が痛い。痛い痛いで、シワも増えるぞお婆ちゃん。奇妙きてれつ、摩訶不思議。嘘も方便、なんだか支離滅裂なのは知らぬが仏。
 時は大江戸、ところは長屋。旗本退屈男ならぬ、旗本ごく潰し男が、花の大江戸を恐怖のどん底につき落とす! 違う! 笑いの渦に巻き込んで、そりゃあもう大暴れ。こんなおもしれえ芝居はないよ。
 さあ、さあ、さあ、さあ!
 なんで大江戸小説なんか書いてんのか、自分でもよくわかんねえっていうか、大丈夫かオレっていうか、こうなったら、NHKの対座ドラマじゃない、大河ドラマなんかぶっ飛ばせって勢いで(勢いだけ)、とにかく、物語の始まり始まり!
(チャンカチャンカと、吉本新喜劇のノリで、どん帳が上がる)





 享保八年。時の将軍は徳川吉宗。まあ、なんだかんだ言っても江戸が妙に平和だった時代である。
 で、舞台はもちろん大江戸。とある長屋。
 長屋のおかみさん連中が、井戸の周りに集まって雑談をしていた。これが正真正銘、井戸端会議。会議と名が付いてはいるが、もちろん、なんの会議もしちゃいない。
「まったく、あのごく潰し。まだ寝てるのかね」
 熊さんのおかみさんが、八ちゃんのおかみさんに言った。
「どーせまた、女遊びで朝帰りだろ」
 と、八ちゃんのおかみさん。
「懲りないねえ」
 今度は、彦一のおかみさん。
「あれでも、旗本の四男坊で、ちょっと前までは、そこそこ立派なお屋敷に住んでたって話じゃないか。でもさ、女にうつつを抜かして、勘当されたってんだからねえ」
「しかも、立派ったって、貧乏旗本らしいよ」
「まあ、そうだろうけどねえ」
 おかみさんたちは、アハハと笑った。
「それにしてもさあ」
 と、彦一のおかみさん。
「あの、看板はどーにかならないもんかねえ。『うけたまわり候』じゃ、なんの商売かわかりゃしないよ」
「よーするに、何でも屋ってことらしいけどねえ」
「何でも屋じゃなくて、何にも出来ない屋だよ、あの男は」
「アハハハ。そりゃ言える!」
 と、そんな微妙に状況説明的な雑談をしているおかみさん連中の前を、色白でスタイル抜群、鼻筋もスッと通った、そんじょそこらじゃお目にかかれないような美女が、カランコロンと下駄の音を響かせて通りかかった。いかにも粋で鯔背(いなせ)なお姉さんではあるが、ふんふんふ~ん。と鼻歌なんぞ歌って、妙に楽しげだ。
「ちょいと、お清(おきよ)ちゃん!」
 熊さんのおかみさんが、その女に声をかけた。
「あら、みなさんお揃いで」
 お清と呼ばれた女は足を止めた。
「まったく、鼻歌なんか歌って、お揃いでじゃないよ。お清ちゃん、また、あのごく潰しのとこへ行くのかい?」
「やあねえ、ごく潰しは言い過ぎよう。当たってるけど」
 お清は、苦笑いを浮かべた。
 熊さんのおかみさんが続ける。
「あんた器量がいいんだから、あんな男に関わってるんじゃないよ」
「はいはい。わかってますよ」
「ホントにわかってんのかい? お清ちゃん、あんたもうすぐ三十路なんだよ。誕生日いつだっけ? あと三ヶ月?」
「まだ五ヶ月もあるわよ!」
「変わりゃしないよ。三ヶ月も五ヶ月も。どーすんだい。そろそろ年増の仲間入りだよ、あんたも」
「と、年増……」
 ピクピクとこめかみに血管が浮かぶお清であった。(江戸時代の三十歳は、年増どころか大年増なのであった。合掌)
「いくら美人だってねえ、こんなことじゃ、いい縁談もなくなっちまうよ」
「うっ……」
「そういやあ、越後屋の息子が、あんたのこと気に入ってるそうじゃないか。付き合ってみたらどうだい。うまくいきゃあ、玉の輿だよ。どうよ?」
「どうよって」
 お清は眉をひそめた。
「あたしは玉の輿なんて狙っちゃいないよ。男に食わしてもらわなくたって、ちゃーんと自立してるんだから。キャリアウーマンってヤツよ」
 お清は西川流の踊りの師範なのであった。
「踊りの師範だもんねえ。そういやあ、最近景気はどうだい?」
「ま、正直言って、あんまりよかないね。不景気で接待が減ったせいか、芸子さんが踊りを習いにこないからさ」
「でしょう。いつまでも踊りの先生もやちゃいられないよ。越後屋さんの息子なら、あんたにピッタリだと思うけどねえ」
「やめてよ。あたしはお坊っちゃまは嫌いなの」
「なに言っんだい。あんただって元はお嬢様じゃないか。灘屋さんって言えば、江戸一番の豪商だよ」
 お清は、灘屋の娘なのだ。でも妾の子。それで子供のころから、本妻にイジメられてきた経験がある。
「やめてよ」
 お清は、顔の前で、手をヒラヒラとふった。
「あんな連中と、一緒にしないでおくれよ。あたしは、ただの踊りの先生。それでいいんだよ。お金持ちなんか、金輪際ごめんだね」
「苦労したんだね、あんたも。美人なのに薄幸だねえ」
「昔のことよ。いまは楽しいわよ」
「だからだよ。あんなごく潰しに惚れちゃって。これが薄幸と言わずして、なんと言うんだい」
「ほ、惚れたって…… あたしは別に……」
 急にモジモジとなる、お清であった。
「あのごく潰しのどこがいいって言うんだい?」
「だから、べ、別にあたしは…… そういうわけじゃあ…… でもまあ、けっこういいとこあるし、わりとハンサムだし、なんて思ったりして。キャッ」
「なに、赤くなってるんだい。要するに好きなんだろ?」
「えっと、あの、その…… そうそう。こうしちゃいられない! 今日は仕事を持ってきてあげたんだった。もう行かなきゃ」
「仕事? あのごく潰しに?」
「だから、ごく潰し、ごく潰しって何度も言わないでってば。当たってるけど」
「ホントに物好きだねえ」
「いいから、ほっといてよ。じゃあね、みなさん」
 お清は、そそくさと、おかみさんたちの前から退散した。
「まったく」
 と、八ちゃんのおかみさん。
「お清ちゃんも、あんなごく潰しのどこがいいんだか。美人は変わってるわ」
「ホントにねえ。はた目から見たって、あのごく潰しに惚れてるのは一目瞭然だっていうんだよ」
「気づいてないのは、ごく潰しご当人ばかりなりか」
「だから、ごく潰しなんだよ」
「あっ、それ言えるわ!」
「アハハハハ!」
 お清のことを心配してるのか、話のタネにしてるだけなのか、よくわからないおかみさん連中であった。ま、今も昔も井戸端会議なんて、そんなもんだ。





「ちょいと、邦さん!」
 お清は、『うけたまわり候』と書かれた、長屋の引き戸をがらっと開けたとたん、大声で叫んだ。
「イヤだよ、この人はもう。いったい、いつまで寝てるんだい!」
「う、う~ん」
 せんべい布団の中から無精ひげを生やした男が、もぞもぞと出てきた。
「ん…… なんでい。お清じゃねえか」
「なんでいじゃないよ。いい加減、起きとくれ。カビが生えちまうよ」
「う~ん。三千世界のカラスを殺し主と朝寝がしてみたい。いや、添い寝がしてみたいだったかな?」
「なに、わけわかんないこと言ってんだい」
「お清。きのうは遅かったんだ。もう半刻寝かせてくれよ」
「どーせまた、女遊びでもしてたんでしょ。ほら、起きた起きた!」
「ふあ~っ」
 邦四郎は、大きなあくびをしながら布団をはだけた。
「きのうは女じゃねえよ。ちょいとサイコロをな」
「で、いくら負けたんだい」
「ゴホ、ゴホ。う、うるせえな。お清こそなんだよ、こんな朝っぱらから」
「もう朝っぱらじゃないよ。なんでもいいけど、髭ぐらい剃っとくれ。そんな顔じゃ、話をする気にもなれやしない」
「わかったってば。おめえこそ、茶ぐらい淹れろ」
「邦さん。お客に向かって茶を淹れろとは何事だい」
「客? どこに? だれが?」
「ふ~ん。そういうこと言うんだ。せっかく仕事を持ってきてあげたんだけどねえ」
「えっ! なんだ。それを先に言え。お茶っ葉はどこにしまったっけな。ここでもない、ここにもない…… おっ、一週間前の饅頭が出てきたぞ。食うか?」
「捨てなさいよ、そんなもん!」
「もったいねえな」
「もう~ いいからとっとと、顔を洗って髭を剃っとくれよ。見苦しいったらありゃしない」
「へいへい」
 邦四郎は、タオルを肩に引っかけて、井戸に向かっていった。
「まったくもう」
 お清は、ふうとタメ息を付いた。
「あたしゃ、あんなごく潰しのどこに惚れちまったのかねえ」





「で、仕事ってのはなんでい?」
 邦四郎は、すっかりサッパリした顔で言った。こうしてみると、ちょいと顔が長いが、なかなか二枚目である。やはり、腐っても鯛。一応は、サムライの顔をしている。
 じつはこの男、こう見えて旗本の出なのである。具足奉行所会計役 旗本矢島平蔵の四男で、その名を矢島邦四郎という。いいとこの坊ちゃんなのだ。だが、どうしたわけか親父さんと反りがあわず、現在は勘当の身。早い話、浪人である。
「邦さん、人形町の大黒屋っていう胴元知ってるだろ?」
 お清は、急須からお茶を湯飲みに注ぎながら言った。なんだかんだ言って、お茶を淹れているお清であった。
「ああ。頬に傷のあるオヤジだろ。頬どころか人生にも傷がありそうな」
「そうそう。前科二犯なのよね、あのオヤジさん。はいよ邦さん」
 お清は、湯飲みを邦四郎に渡した。
「おう。サンキュー」
(こ、こら、江戸時代人が英語を使うな、英語を!)
「ん? いまなんか、天井裏から声がしなかったか?」
「ねえ、なんか聞こえたねえ。ネズミかしら。イヤねえ」
「まあいいや。気にしてても始まらねえ」
 邦四郎は、ずずっとお清の淹れた茶を飲む。
「うん。やっぱり、お清の淹れたお茶はうめえな。天下一品だぜ」
「バカ。おだてたってなんにも出やしないよ」
 と、言いつつ、ちょっと頬を染めるお清であった。
「でもさ邦さん。なんだかさあ、こうしてると、あたしたち夫婦みたいじゃないかい?」
「夫婦か。そういやあ、人生わからねえもんだな。おめえみたいな気立てのいい女が、すっかり売れ残りとはよ。そろそろバーゲンでもした方がいいんじゃねえのか?」
「ちょいと。バーゲンってのはなんだい、バーゲンってのは。そもそも、だれのせいで売れ残ってると思ってんだい」
「だれって…… 越後屋のバカ息子か?」
「バカはあんただよ。ホント、鈍感なんだから」
「は?」
「なんでもないわよ。それより仕事の話」
「おう。そーだった。その胴元がどうした? 用心棒でも探してるのか?」
「用心棒ってわけじゃないけど、人手が足りなくて、困ってるんだよ」
「なんの人手だ?」
「明日から、浅草の浅草寺でお祭りがあるのは知ってるだろ?」
「あたぼうよ。きれいなねーちゃんがわんさか出てくるぜ。楽しみだねえ。二、三人引っかけて、お遊びってところだな」
「やっぱりね。そんなこったろうと思ったよ」
 お清は、ボソッとつぶやいた。
「なんか言ったか?」
「なーんにも」
「で、なんだよ。祭りの用心棒でも探してるのか?」
「違うよ。そのお祭りに大黒屋さんもいくつか露店を出すんだけどさ。そのうちの、タコ焼き屋をやるはずだった人が、きのう急に倒れちゃってね。まあ、ぎっくり腰らしいんだけど、三、四日は動けないらしいんだよ」
「ほう。で、そのタコ焼き屋の用心棒か?」
「邦さん。あんた、かなり無理して誤解してるでしょ。ここまで話せば、普通、そのタコ焼き屋をやるって察しがつくってもんでしょうに」
「なんでもいいけどお清。江戸時代にタコ焼き屋なんてあるのか?」
「なに言ってんのさ。上方で流行してるから、江戸にもお店が出来るようになったんじゃない。美味しいんだよ」
「ふうん…… どーも、時代考証がおかしいような気がするぜ」
「時代考証?」
「気にするな。バカにつける薬はねえって言うが、どうやら、この作者も死ななきゃ治らねえ病気らしい」
(うるさい! ほっとけ!)
「キャッ。また天井裏から物音が聞こえたよ。やっぱりネズミがいるんだよ邦さん」
「ふん。やっぱ、出張ってきやがったかTERUめ。そんなこったろうと思ったぜ。せいぜい、天井裏でほざいてな」
「ちょっと、ちょっと邦さん。さっきからなに一人で言ってるのさ。あんたこそ、まだ寝ぼけてるんじゃないのかい?」
「だから、気にするな。それよりお清。おめえは、あの丸くて、中に小せえタコが、ちょっとだけ入ってるしみったれたタコ焼き屋をオレにやれってか?」
「そうだよ」
「オレに屋台の兄ちゃんになれってか?」
「そう」
「お清。おまえなあ。そりゃオレは金がねえよ。でもよ、武士は食わねど高楊枝って言葉を知らねえのかよ。いくらなんでも的屋なんかできるかってんだ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。あたしゃ聞いたよ」
「な、なにを? だれに?」
 邦四郎はギクリとなった。こういう『聞いたよ』なんて、あいまいな言い方が一番困る。なにをどこでだれに聞いたか知らないが、身に覚えがありすぎて、あれのことか、それともあっちか、とオロオロしてしまうのだ。
「ほら、四丁目の角の小料理屋。あそこの女将さ。ずいぶんツケが溜まってるそうじゃないかい」
「なんだ、そんなことか」
 ややホッとする邦四郎。ほかの悪行に比べたら可愛いもんだ。
「それだけじゃないよ」
「な、なんだよ。まだあんのかよ」
「そば屋の、お喜美(きみ)ちゃんも言ってたよ。もう半月もお金払ってくれないって」
「脅かすない。なんだいたかが半月」
「ねえ邦さん。今月厳しいなら、あたしが立て替えとこうか?」
「バカ言うな。オレはおめえのヒモじゃねえぞ」
「じゃあ、どうすんの? 仕事断るのかい?」
「まあ、待て」
 邦四郎は頭の中でソロバンを弾いた。ツケと生活費の計算をしてるなら可愛いもんだが、じつは矢場(キャバレーみたいな場所らしい)に通う金の計算だっりする。
「ええと、あれが繰り上がるから、こっちが右に下がって…… むう。やべえな。来月は一度も行けねえじゃねえか」
「どこに行くって?」
「なんでもねえよ。ところでお清。そのタコ焼き屋は日にいくらになるんだ」
「一日二分で三日間だよ」
「二分? 二両じゃなくて?」
「あのね邦さん。タコ焼き屋のあんちゃんに、一日二両も出す胴元がどこにいるっていうんだよ」
「くう…… 安いなあ、涙が出るぜ。いや、もったいなくて涙も出ねえ」
「ないだい、なんだい。そんな言い方しなくてもいいじゃないか」
 お清は、ヨヨッとしなだれて、クスンと鼻を鳴らした。
「そりゃ、あたしだって、邦さんにタコ焼き屋なんかさせたくないさ。落ちぶれた旗本とはいえ、お武家さんだもんね。でも、こう不景気じゃ仕方ないじゃない。あたしだって、邦さんのために苦労して探してきた仕事なんだよ」
「わかった、わかったよ。しょーがねえな。やるよ。やりゃあいいんだろ」
「ホント?」
 お清は、パツと明るい笑顔を浮かべた。
「ま、おめえが一所懸命探してきてくれた仕事だ。ありがたく受けさせてもらうぜ」
「やだよォ。うれしいこと言ってくれるじゃないか」
「男は、優しくなけりゃあ生きてる資格はねえそうだからな」
「ついでにタフでなくりゃ生きていけない」
「そういうこった」
「ふふ」
 お清はほほ笑んだ。なんだかんだ言って、邦四郎のこういうところが好きなのだ。





 ジュウジュウ。とタコ焼きが焼ける音。ソースの香り。そして、浅草寺の境内に集まる人々の楽しげな声。
(ところで、ソースって江戸時代にあったか? ねえだろ? まあいいか)
「ったくなあ」
 邦四郎は、頭にタオルを巻いて、タコ焼きを焼いていた。
「お清にも困ったもんだぜ。いくら不景気だからって、こんな仕事探してくるとはよう」
 邦四郎は、針のような道具で、タコ焼きがまんべんなく焼けるように、くるくると回転させていた。意外とうまい。
「まいっちゃうよなあ」
 ぶつぶつと独り言を言う邦四郎。
「なにが気にくわねえって、この着物だよこの着物。オレはこれでもサムライだぜ。サムライ。あと三百年も経ちゃあ、ヤンエグって呼ばれてるはずだぜ。それがよう、この作業着はなんでい。汚れてもいいっていうか、汚れちまっても気にしねえっていうか。なんとなく頭にタオルなんか巻いてみちゃいるが、これがまた妙に似合うのが気にくわねえ」
 ふと、邦四郎はタコ焼きを焼く手を止めた。
「そう言やあ、お清のヤツ、なんでオレに仕事なんか探してくるんだろうな。確か、二年ぐれえ前に、どっかのチンピラに絡まれてるところを助けてやったのが、お清との出会いだったな。感謝されるのはいいが、いくらなんでも二年も前の話だぜ。まだ、お礼をしてるつもりかね。だとしたら、義理堅いにもほどがあるってもんだぜ。って、なんでオレ、こんな説明的セリフを一人でしゃべってんだ? まったく作者がヘボだと登場人物が苦労するぜ」
(……)←こめかみに血管を浮き上がらせる作者。
「すいませ~ん。タコ焼きくださいな」
 邦四郎はその声で顔を上げた。
「おう。お嬢ちゃん。いくつ欲しいんだい」
「一舟くださいな」
「あいよ。お嬢ちゃん可愛いから、一個オマケしてやるよ」
「ワァ。ありがとうオジサン」
「オジサン?」
 邦四郎の手が止まった。
「あの、お嬢ちゃん。いまなんて?」
 その高校生ぐらいの娘は、キョトンとした顔で言った。
(おい。いくらなんでも江戸時代に高校生はいないぞ)
「オジサンありがとう。って言ったんだけど」
「オレは、まだ三十六だ!」
 邦四郎は叫んだ。
 すると娘は、キャハハと笑った。
「やだァ。だからオジサンなんじゃない」
 ガーン!
 文字通り、岩が落ちてきたような衝撃。
 オジサン…… オジサン…… オレがオジサン……
「ちょっとオジサン。なにやってんのよ。早くしてよ」
「だから、オジサンじゃ」
 と言いかけて、邦四郎はハタと思った。
 そうだ。そうだよ。この作業着と頭に巻いたタオルがいけねえんだ。それで老けて見えるんだな。そうにちげえねえ。絶対そうだ。だれかそうだと言ってくれ。
(おい、邦。現実を見つめろよ)
「こら! さっきから、うるせえぞ、このナレーション!」
(いいから、芝居に戻れ)
「芝居じゃねえよ! これがオレにとっての現実だろうに!」
(はいはい。その現実で、娘さんがタコ焼き待ってるぞ)
「ちっ。ほらよ嬢ちゃん」
 邦四郎は必死に笑顔を浮かべながら、娘にタコ焼きを渡した。
「きれいなオベベにソースをくっつけるんじゃねえぞ」
「ありがとオジサン」
「だから、オジサンじゃねえちゅーの!」
 娘は邦四郎の抗議など聞かず、こんどは隣の広島風お好み焼き屋の方へ行ってしまった。
(江戸時代に広島風お好み焼きなんかあるわけないだろ! と、突っ込まないように)
「ったくよう」
 邦四郎は、ひとり悪態をついた。
「いまのガキはどーいう頭してんだ。みんな茶色に髪の毛染めやがって。あげくの果てに人のことをオジサンだと? 失礼千万にもほどがあるぜ」
(だから、江戸時代の娘は髪を茶色になんか…… 以下同文)
 と、そのとき。
「停電だ、停電だ! 間違えた。てえへんだ、てえへんだ、てえへんだ!」
 浅草寺の本殿の方から、ひとりの男が叫びながら走ってきた。
「おい、青吉(あおきち)! 青吉じゃねえか!」
 邦四郎はその男に声をかけた。
 男の名は青吉。酒屋の息子だ。こいつもカツアゲにあっているところを、邦四郎が助けた男である。それ以来、邦四郎のことを兄貴と慕っている。
「へっ? ありゃ、兄貴、どーしたんですか、こんなところで」
「それより、おめえ、どこが停電…… 違う。なにが大変なんだよ」
「あ、そうだった。いや、ケンカなんスよ、ケンカ!」
「献花? そりゃ祭りだから献花ぐらいあるだろうぜ」
「兄貴! どーしちまったんですか、ケンカと聞いて血が騒がねえんですか?」
「献花で血が騒ぐ? おいおい。花に欲情したらそりゃ頭の病気だよ」
「花?」
「献花だろ」
「ケンカです」
「もしかして喧嘩か?」
「そう。そのケンカです」
「バカ野郎! 漢字で言わねえとわかんねえよ!」
「言葉に漢字も肝心もねえでしょうに!」
(やめよう。こういうダジャレは書いてて疲れる。読むほうはもっと疲れるだろうけど)
「で、青吉。どこでケンカやってんでい?」
「浅草寺の本殿の方でさあ、ありゃヤバイっすよ」
「そうかそうか。よっしゃ。そーこなくっちゃいけねえや。やっと時代劇らしくなって来やがった。嵐がオレを呼んでるぜ」
「時代劇ってなんスか? それに今日はいい天気スよ」
「うるせえ。おめえ、ちょっとここ代われ」
「へい。あれ? なんスかこれ?」
「おめえタコ焼きも知らねえのか?」
「知ってますよ。でもなんで兄貴がタコ焼きなんか焼いてるんスか?」
「うるせえな。ごちゃごちゃ言ってねえで、ちゃんと焼けよ。焦がすんじゃねえぞ。おらおら。言ってるそばから焦げてるぞ」
「あ、いけねえ!」
「バカ野郎。きっちりやれよ。じゃあな」
「ちょ、ちょっと兄貴!」
 邦四郎は、頭に巻いたタオルを取って、さっそうと浅草寺の本殿に向かって走った。
 すると、邦四郎の姿を見た、周りの的屋たちが、口々に叫んだ。
「おっ、邦さんだ!」
「やっぱ邦さんが来たぜ!」
「こりゃ一波乱あるぜ!」
「おう。見物に行こうぜ!」
 邦四郎は、けっこう有名人なのであった。
 そんなこんなで、邦四郎が本殿に到着すると、そこには人だかりが出来ていた。
「おいおうおうおう。ケンカはどこでい!」
 邦四郎は人垣の中に割って入っていった。みんなよく知ったもので、邦四郎のために、モーゼが海を割ったように道を開ける。
「いよっ。がんばれ邦さん!」
「いいぞ、真打ち登場!」
 なんて、かけ声までかけられる始末。邦四郎は邦四郎で、おひねりはねえのかよと思ったりするのだった。
 ところが。
「なんでいこりゃ」
 そのケンカの風景を目にした邦四郎は、がっくりと肩を落とした。もっとこう、血わき肉おどる場面を想像して来たのだが、なんのことはない、ヤクザ風の二人組の男が若い娘に絡んでいるだけだったのだ。
「おいおい。冗談じゃねえよ。青吉の野郎、なにがケンカだ。なにがヤバイだ」
 邦四郎はそう言って、周りにいるギャラリーを睨み付けた。
「だいたい、おめえらも、おめえらだぜ。大の大人がガン首そろえて、こんなちんけなカツアゲを見過ごそうって魂胆だったのかい?」
「違うよ邦さん」
 ギャラリーのひとりが答えた。
「カツアゲじゃないってば。悪いのはあの女の子なんだよ」
「なんだあ?」
「いや、あの子が連中の露店で無銭飲食しちゃってさ」
「だーっ」
 一気に脱力する邦四郎。
「なんだいそりゃ。笑い話にもなんねえぜ。だったら、金ぐらい払ってやればいいじゃねえか。女ひとりの飲み食いだろ。そんなもん、たかがしれてるだろうによ」
「まあ、そうなんだけどさ…… でもなあ、相手がなァ」
 ギャラリーは、小声でぶつぶつ。
「なんでい。相手がどうした。チンピラがたった二人じゃねえかよ」
 そのとき。頬に傷のある、こいつこそヤクザじゃないのかって顔のオヤジが邦四郎の前に歩み寄ってきた。
「おう、邦さん。来てくれると思ったぜ」
「なんだ、大黒のダンナじゃねえか」
 邦四郎はその男に応じた。お清が仕事をもらってきた胴元の男なのである。
「いやな」
 と大黒のダンナ。
「あのチンピラども、深川の松原組の連中だぜ。さすがに相手が悪りい」
 松原組と言えば、江戸のヤクザの中でも極悪非道で有名なのだ。以前お清が襲われたのも松原組だった。
「松原組だと?」
 と邦四郎。
「この辺りは、全部大黒のダンナが仕切ってるんじゃねえのかよ」
「いや。細かく縄張りがあってな。深川の連中も出張ってきてんのよ。悪りいが邦さん。ちょいと追っ払っちゃくれねえかな」
「追っ払うたって、相手も犬じゃねえんだ。オレもなかなか忙しい身でねえ」
「ケンカの見物に来て、なに言ってやがる」
 大黒のダンナは、そういって苦笑いを浮かべながらも、懐から一分銭を取り出した。
「どうだい。これで」
「おいおい。そんなもん受け取れねえよ。でもそうかい。悪りいな」
 邦四郎は大黒から一分を受け取ると、急にやる気のある顔になるのだった。
「わかった。そーいうことなら、オレがナシつけてやるよ」
「いよっ、邦さん。そうこなくっちゃ! さすが江戸一番の色男だね!」
 と、ギャラリー。
「そうか? そーだろうともよ。ワハハハ。おめえさん、正直者だねえ。バカを見るタイプだぜ。ワハハハハハ!」
 邦四郎は豪快に笑った。
「相変わらず図に乗る人だなあ」
 ギャラリーは、邦四郎に聞こえないようにつぶやいた。
 邦四郎は、そんなギャラリーのつぶやきなどつゆ知らず、ずかずかとヤクザたちの前に歩み寄っていった。
「放しおろう!」
 若い娘が、チンピラにつかまれている腕を振り回していた。
「ええい、その汚い手を放せと言っておろうに!」
「騒ぐんじゃねえよ、お嬢ちゃん。飲み食いして金も払わず、はいさようならじゃあ、世の中通らねえんだぜ」
 その通りだ。と邦四郎も思うのだが、まあ、相手は松原組だ。
「おうおうおうおう。このチンピラども」
 すると、チンピラどもが邦四郎をギロリと睨む。
「なんでい、てめえは」
「ふん」
 と、鼻を鳴らす邦四郎。
「悪党どもに名乗る名なんぞ持ち合わせちゃいねえがな。一応、啖呵だけは切らせてもらうぜ」
 そういって邦四郎は、ダン! と右足を一歩前に出した。
「梅は咲いたか桜はまだか。年がら年中咲き乱れるのが悪の花。お天道様になり代わり、この矢島の邦四郎が、見事枯らしてみせよう悪の花」
 ダダダン!
「いよっ、日本一!」
 ギャラリーから合いの手が入る。
(ああ。ついに、時代劇の啖呵まで考えてしまった…… タンカはタンカでも、わたしの小説には、雅な短歌のほうが相応しいのに)
「なんだ、空から人の声が聞こえたぞ」
 チンピラが空を見あげながら言う。
「気にするな」
 と邦四郎。
「どっかの自分をわかってないバカが、泣き言言ってるだけだ。それよりてめえら、そのお嬢ちゃんを放しな」
「うるせえ。引っ込んでやがれ!」
「そうもいかねえのよ。啖呵切っちまったし、読者のみなさまも、オレの華麗なアクションシーンを期待してるだろうしよ」
(だれも、期待なんかしとらんわい)
「だったら、痛い目を見てもらおうじゃねえか」
 チンピラどもが、ジリジリと邦四郎との間合いをつめてくる。
「ふふん。望むところだぜ」
 ニヤリと不敵に笑いながら、ポキポキと指を鳴らす邦四郎。
(というわけで、ここから邦四郎とチンピラの格闘シーンが始まるわけなのですが、めんどくさいので描写は省略させていただきます)
「こら、TERU! 手を抜くんじゃねえよ!」
(うるさいなァ。わかったよ。描写すりゃあいいんだろ、描写すりゃあ)
 バキーッ! ボカッ! ドンガラガッシャン!
(はい、終わり)
「今のどこが描写だ! ただの擬音じゃねえか!」
 と、天に向かって文句を垂れる邦四郎だったが、チンピラどもはすでにやっつけられているのであった。
「さすが邦さんだ! 目にも留まらぬ早業だねえ! ホントに見えなかったぜ」
 とギャラリー。
「だから、なんにもしてねえよ、オレ……」
「ちくしょう! お、覚えてやがれ!」
 例によって例による捨てぜりふを吐くチンピラであった。
 が。
「おい」
 邦四郎は、逃げようとしているチンピラをつかまえて、その胸ぐらをつかんだ。
「こちとら、カッコよく決まるハズのアクションシーンを省略されて胸くそ悪いんだ。もういっぺん、今のセリフを言ってみやがれ」
「え? あの、お、覚えてやがれ…… ですか?」
「そう。それだ、それ。オレはどうも、その悪党の捨てぜりふが気に食わねえ」
「い、いや、気に食わんと言われても……」
「だったらおめえ、本当にオレが覚えてていいのか? こちとらしつけえぜ。ねちっこいぜ。いつまでもいつまでも覚えてるぜ。今度会ったら、その首カッ切ってやるかもしれねえぜ。それでも覚えててほしいか? お、どうなんでい」
「あの、その……」
 邦四郎に睨まれて、脂汗が出てくるチンピラであった。
「えっと、す、すいません、ごめんなさい。忘れてください。お願いします」
「うむ」
 邦四郎は、チンピラの胸ぐらを放した。
「最初から、その言葉でやり直せ」
「へ、へい。ええと…… ちくしょう! わ、忘れやがれ!」
 チンピラどもは、無理やり変な捨てぜりふを言わされながら、逃げていった。
「ああ、終わった終わった」
 ギャラリーも、ケンカが終わって、ちりじりに、自分の店に帰っていく。
 邦四郎は、やれやれとタメ息をつきながら、つかまっていた若い娘に向き直った。
「お嬢ちゃん。ずいぶんきれいなオベベを着ちゃあいるが、金がねえんだったら、もう買い食いなんかするんじゃねえぞ。じゃあな」
 邦四郎も、タコ焼き屋に戻ろうとした。
 だが。
「待ちおろう」
 娘が、邦四郎の着物の袖をつかんだ。
「なんだよ」
「お主、強いのう」
 娘は、つぶらな瞳で邦四郎を見上げていた。
「おう。自慢じゃねえが、ケンカで負けたことは一度もねえぜ」
「そうか。わらわは、強い男が大好きじゃ。お主、邦と言ったな。気に入ったぞ」
 邦四郎は苦笑いを浮かべた。
「お嬢ちゃん。あんたいくつだい?」
「もうじき十六じゃ」
「ってことは、いま十五歳かよ。そんな小娘が、大の大人をつかまえて、気に入ったって言葉はねえぞ。だいたい、邦なんて呼び捨てにするな」
「なぜじゃ。どこが悪いのじゃ?」
「まったく。どこの大店(おおだな)の娘か知らねえが、世間知らずもいいとこだな」
「わらわは、世間知らずではないぞ。ちゃんと物事わかっておる。もう大人じゃ」
「だったら、金ぐらいちゃんと払いな」
「あれはマズイ食べ物だったから、お金を払いたくないと言ったのじゃ」
「なに? じゃあ金はちゃんと持ってんのかよ?」
「当たり前じゃ」
「かーっ、いい根性してるぜ、あんた。こっちこそ気に入っちまうぜ」
「そうか! 邦もわらわを気に入ったか。うれしいぞ」
「へいへい。じゃあ、そんなわけであばよ」
 邦四郎は、これ以上お子様と関り合いになる気はなかった。女好きで有名な邦四郎も、さすがに十五歳の『女の子』に興味はない。
「待ちおろう!」
 やっぱり、邦四郎の着物の袖をつかむ娘。
「だからなんだよ」
「わらわは、江戸に来たのは初めてなのじゃ」
「で?」
「お主、あないせい」
「あない? あないって、案内か?」
「そうじゃ」
「バカ言ってるぜ」
 やれやれと首を振る邦四郎。
「そんなに江戸見物がしたきゃ、はとバスにでも乗りな。あばよ」
「待ちおろうというに。わらわは、邦と江戸を回りたいのじゃ」
「あのね……」
 いよいよ疲れてくる邦四郎。
「お嬢ちゃん。いいかげんにしてくんないかな。オレまじで忙しいんだよ」
「わらわは、お嬢ちゃんではない。琴という名前がちゃんとある」
「だからあ、琴でも三味線だかしらねえが、オレはおめえに付き合ってる暇はないっちゅうの!」
 思わず怒鳴ってしまう邦四郎であった。
 すると。
 邦四郎に怒鳴られ、お琴の瞳がうるうるしてくる。
 やばっ。と邦四郎は思ったが、もう遅い。
「お、怒られた…… とと様にも怒られたことないのに……」
「おい、待てよ。泣くな。泣くなよ。泣くんじゃねえぞ」
 だが。
「うわーん! 怒られたァ! 琴はなんにも悪くないのにィ!」
 お琴は、大声で泣き出したのだった。
「あちゃ~っ」
 邦四郎は頭を抱えた。
 すると、通り掛かりのオヤジが邦四郎に声をかける。
「おいおい、邦さん。こんなところで女を泣かすもんじゃねえよ」
「バカ! オレのせいじゃねえよ。だいたい、こりゃ女でもねえ!」
「うわーん! 今度はバカにされたァ! 女じゃないって言われたァ!」
 お琴はいよいよ大声で泣き出した。
「だーっ、いいかげんにしろい! こんな往来で、いつまでもワンワン泣いてんじゃねえよ!」
「グスッ。江戸散策に連れてってくれるか? クスン」
 お琴が、涙声で邦四郎に聞く。
「わかった。わかったよ。オレの負けだ、ちくしょうめ」
「わーい! 邦は優しいのう。大好きじゃ」
 お琴は、急に笑顔に戻る。
「おまえ、今の今まで泣いてたくせに」
「泣いてた? だれが? なんのことじゃ?」
「悪魔め……」
 邦四郎は、今度こそ頭を抱えた。





「というわけで、青」
 邦四郎は、汗だくでタコ焼きを焼いている青吉に言った。
「オレは、このお嬢ちゃんと、ちょいとそのへん回ってくから、あとのことはよろしく頼んだぜ」
「なにが、というわけで。ですかい! 兄貴見てくださいよこの行列!」
 青吉の焼くタコ焼き屋には長い行列ができていた。
「ふうむ。商売繁盛で結構じゃねえか。どーやら、おめえにはタコ焼きを焼く才能があったみたいだな」
「いらねえっスよ、そんな才能! そんなことより手伝ってくださいよ! じゃなくて、早く代わってください!」
「おめえも、相変わらず人の話を聞かねえヤツだな。オレはこの嬢ちゃんに付き合うっていってんだろ」
「兄貴こそ、人の話を聞いちゃいねえっスよ! もともとは兄貴の仕事じゃねえっスか」
「うるせえなあ」
 じつは、青吉にお琴を任せようと思っていた邦四郎であったが、この行列を見て考えを改めたのであった。こりゃ、お琴に付き合う方が楽でいいやと。
「のう邦。こんなところにいてもつまらん。早く参ろうぞ」
 お琴が邦四郎の袖を引っ張った。
「へいへい。ま、とにかく、あとはよろしくな青」
「あーっ、兄貴! 逃げるんですかい! 人でなしィ!」
 邦四郎は青吉の悲痛な叫びを無視して、お琴を連れて江戸の街に消えたのであった。
「ひでえよ兄貴。いっつも、めんどくせえことは、おいらに押し付けるんだから」
 ぶつぶつと青吉。
 すると。
「あらァ。繁盛してるじゃないかい」
「あっ、お清姉さん!」
 お清が、邦四郎の陣中見舞に来たのだった。
「えっ? なんで青吉ちゃんがタコ焼き焼いてるの? 邦さんは?」
「いやそれが、聞いて下せえよ、姉さん! 兄貴ったらひどいんスよ。タコ焼き屋をおいらに任せて、自分は若い女と遊びに行っちまうんですから!」
「な、なんですって!」
 とたん。お清のこめかみに血管が浮かんだ。
「まったく、なんて人だい! お祭りのときぐらい、おとなしくさせとこうと思って、的屋の仕事を探してきたのに、ちょーっと目を離すと、すぐこれだ!」
 そう。じつはこのタコ焼き屋。苦労して探してきた仕事ではなく、祭りのとき邦四郎を忙しくさせておこうという、お清の策略だったのである。浮気者に惚れちまった女は苦労するのである。
「青吉ちゃん!」
 お清は叫んだ。
「邦さんは行き先を言ってたかい!」
「いえ、その辺を回ってくるとしか言ってませんでした。でもたぶん、茶屋かなんかにいるんじゃねえですか?」
「そうだね。今日こそとっつかまえて、とっちめてやる。まったくもう!」
 お清は、頭から湯気を立てて、街のほうへ戻っていった。
 美人が怒ると怖いなあ。と思う青吉であった。





 浅草寺から、日本橋のほうへ十分ほど歩いたところに、最近江戸で話題の茶屋があった。
(ところで、このころの茶屋といえば、表の通りに傘を立てて、そこに長いすを並べて客を座らせていたわけで、いまで言うところのオープンカフェだと思いません?)
「なんかまた、変なナレーションが入ってるが」
 と邦四郎。
「どーでもいいが、お琴。おまえ、何杯、おしるこを食えば気がすむんだ?」
「ほえ?」
 お琴は、八杯目のおしるこをすすりながら顔を上げた。
「ほえ? じゃねえよ。おめえは、アラレちゃんか」
「アラレちゃんって、だれじゃ?」
「ドクタースランプ…… いや、なんでもねえ。気にするな。なんでもいいが、腹を壊してもしらねえぞ」
「だって邦。ここのおしるこは美味しいぞ。わらわは、こんな美味しいの食べたことない。さすが江戸じゃのう」
「太るぞ」
「無礼な! わらわは、太らない体質なのじゃ!」
「そんなこと言ってられんのも若いうちだけだ。あのお清だって、ダイエットしてるって話だからなあ」
「お清ってだれじゃ?」
「西川流の踊りの先生だよ」
「西川流? あの西川仙蔵のか?」
「へえ。さすがお嬢様。よく知ってるじゃんか」
「当たり前じゃ。西川流といえば有名じゃぞ。へえ、邦はそんな先生とも交流があるのか。すごい」
「そんなすごくねえよ。西川流たって、四世の扇蔵だったらすごいけど、お清は弟子の又弟子だからな。生徒だって、そこらの町娘や芸子ばっかりだぜ」
「ふ~ん。でも意外じゃのう。邦が踊りの先生と知り合いとは」
「ま、昔ちょっとな」
「ちょっとって、なんじゃ」
「別にいいじゃねえか」
「もしかして、その先生は若いおなごか?」
「うーん…… さすがのオレも本人の前じゃ言えねえが、お世辞にも若くはねえな。でも、そんじょそこらの芸者が寄ってたかったって、かなわねえような美人だぜ」
「邦の恋人か?」
「バーカ。違うよ」
「怪しいのじゃ」
「怪しくねえよ。どっちにしても、おめえには関係ねえこった」
「あるのじゃ。わらわは、邦が気に入ったのじゃ。恋人がいたら困るのじゃ」
「ガキがよく言うよ」
「子共じゃないのじゃ!」
「ほう、そうかい。じゃあ、まわりをよく見てみろ」
「なんじゃ?」
「ほれ、三つ隣に座ってる女」
「あれがどうしたのじゃ?」
「紫の着物を来てるだろ。ちょいと、帯が下に下がったタイプ。あれがお江戸の最新モードだぜ」
「うん……」
 お琴は、自分の着物と見比べた。言われてみれば、自分の着物はどこか時代遅れのような気がする。
「これは、とと様が買ってくれたのじゃ。わわらの趣味じゃないのじゃ」
「おめえにはお似合いだよ」
「ひどい、ひどい。なんでそんなこと言うのじゃ。邦は意地悪じゃ。わらわは、江戸のファッションを知らないだけじゃ」
「そりゃ違うな。おめえの年じゃあ、まだ着こなせねえよ。ま、あと十年もすりゃあ、いい女になる素質は十分あるがな」
「ホント? わらわは、いい女になれるか?」
「まあ、たぶんな」
「そうか、よかった。じゃあ邦。お主、十年待つのじゃ」
「はァ?」
「いい女になったわらわと、十年後にデートするのじゃ」
「バカ言ってるぜ……」
 と、そのとき。邦四郎の後ろで声がした。
「へえ…… そのバカ言ってる若い娘と、十年待たないで、たったいまデートしてるのは、どこのだれだい?」
 邦四郎は背筋に冷たいものを感じながら振りかえる。
「お清、お清じゃねえか。なんでこんなところにいるんだ?」
「そりゃ、こっちのセリフだよ! なにさ、仕事ほっぽり出して、こんなところで若い娘さんをたぶらかして! 邦さんこそ、どーいうつもりなんだい!」
「こら、待て。なに怒ってるんだ。誤解だよ、いや、仕事サボってるのはともかく、たぶらかしてるとは何事だ。オレはロリコンじゃねえぞ」
「ロリコンとはなんじゃ!」
 今度は、お琴が叫ぶ。
「わらわは、立派な大人じゃ!」
「こらお琴。話をまぜっかえすな。わけがわからなくなる」
「わけがわからないのは、邦さんじゃないか! ひどいよ。あたしの気持ちを知りもしないで、こんなところで遊んでるなんて……」
 ヨヨヨと、しなだれるお清。
「おい、お清。そりゃおめえが世話してくれた仕事をサボったのは悪かったが、なにもそこまで怒ることねえじゃなねえか」
「ホントに、わかってない…… バカ! 鈍感!」
「なんなんだ、いったい」
 邦四郎は肩をすぼめた。
「のう邦」
 また、お琴。
「このおなごが、さっき話していた、踊りの先生か?」
「おう。そうだよ」
「へえ…… 本当に美人じゃのう。ちょっと、ビックリじゃ」
「え?」
 と、お清。
「あの、それって、邦さんが、あたしのこと美人だって話してたってこと?」
「そうなのじゃ。すごい美人の踊りの先生と知り合いじゃと、邦が言っていたのじゃ」
「あら、やだわ」
 とたん、機嫌の良くなるお清。
「邦さんったら、正直なんだからァ」
 けっこう、お清も図に乗るなあ。と、自分のことは棚に上げて思う邦四郎だった。
「ま、それはそれとして」
 とお清。
「いったい、この子、だれなんだい?」
「お琴だ」
「どこのお琴ちゃんよ」
「知らねえよ。勝手にまとわりついてきたんだから」
「ふうん。大店の娘さんみたいだけど…… ねえお琴ちゃん。あんたどこの子?」
「水戸から来たのじゃ」
「水戸藩から? ずいぶん遠いじゃない」
「うん。四日も掛かったのじゃ」
「まさか一人で?」
「違うのじゃ。参勤交代…… ごほごほ。ええと、家族で観光じゃ」
「観光ねえ。親御さんは、どこに泊まってるの?」
「ええと、品川の宿じゃ」
「嘘おっしゃい。品川って言えば、安宿ばかりだよ。あんたみたいな、いいとこのお嬢ちゃんが寄るところじゃないね」
「ええと、ええと…… わらわは、その…… そうじゃ! わらわは、新しい着物がほしいのじゃ!」
 ガクッ。とズッコケる邦四郎とお清。
「ちょっと、お琴ちゃん。話を逸らすんじゃないよ」
「だって、本当にほしいのじゃ。お清の着物は、すごくすてきなのじゃ。わらわも、そんな着物を着たいのじゃ」
「な、お清」
 と邦四郎。
「てーへんだろ、若い子の相手は」
「まあね」
 お清は苦笑い。この子なら、さすがの邦四郎も手を出さないだろう。
「それにしても、そうとう、わがままに育ったみたいねえ」
「わがままじゃないのじゃ。ちゃんと自分のお金で買うのじゃ」
「お金って、あんたいくら持ってるの。着物って安くないよ。江戸は物価が高いしね」
「うっ……」
 お琴は、急に不安そうな顔になった。
「あのぅ。これでは、足りんかえ?」
 そう言って、お琴が懐から出したのは、金色に輝く大判だった。
 邦四郎とお清。目が点。
 いくら大店の娘だからと言って、小判ならいざ知らず、大判を持っているとは、夢にも思わなかったのだ。
「やっぱり、足りんかえ?」
 お琴が残念そうに言う。
「い、いや、足りねえっていうか、お釣りが来すぎるっていうか……」
「驚いたねえ。あたしゃ、引っ越しのときにだって、小判しか使ったことないよ」
「なんじゃ? つまり足りるんじゃな。よかった。では着物を買いに行くのじゃ。邦、あないせい」
「また出た。あないせい。わかったろ、お清。さっきから、ずっとこの調子だぜ」
「まったく。日ごろの行いが悪いから、こんな子につきまとわれるんだよ」
「そりゃねえよ、お清。それとこれとは話が別だろうに」
「別なもんかい」
「こら。なに二人で仲良く話をしておるのじゃ。わらわも、中間にいれるのじゃ」
「仲間って…… おめえの話をしてるんだ、おめえの」
「じゃあ、わらわも仲間じゃな」
「ズレてるわ、この子」
「なにを言っておるんじゃ。わらわは、床ズレなんぞしておらんぞえ」
「お清」
 邦四郎は、お清に耳打ちした。
「こりゃ、ズレてるって言うより、バカなんじゃないか?」
「ちょっと、そこまで言うことないじゃない」
 お清も、ひそひそ答える。
「でもよォ」
「世間知らずなだけよ、きっと。たぶん……」
「自信なさそうだな」
「こらァ、また二人で仲良くしてる! わらわも、中間にいれるのじゃ!」
「へいへい」
 邦四郎は、肩をすぼめた。
「お清。こりゃ、どっかの反物屋に連れていかなきゃ、ラチが明かねえぜ」
「そうみたいね」
 お清も、苦笑いを浮かべた。
「連れて行ってくるのか?」
「はいはい。あたしが、お琴ちゃんに似合う着物を見立ててあげるよ」
「わぁ! お清、お主もいい人なのじゃ! わらわは、気に入ったぞ」
「うふ。なんだか、カワイイじゃないこの子」
 お清は、クスッと笑った。
「知らねえぞォ、そんなこと言って」
 邦四郎は、眉をひそめた。





 その男は、打鍵板から指を離した。
「むう……」
 うなる。
「気に食わん! 気に食わんといったら気に食わん!」
 男は、もう二年ほど使っている、電子カラクリ箱のスイッチをバチンと切った。
「くっそう、KUNIのヤツだけ美女に囲まれおって。もう、やってられんわ。やめだ、やめだ」
 男は、ちゃぶ台に置いた茶を、ずずっとすする。
「くそう。あんまり腹が立つから、ナレーションで、ちょこちょこ茶々を入れていたが、あの程度じゃ腹の虫が納まらん」
 ずずっ。
「だいたい、言うにことかいて、容姿端麗、武に秀でだと? なんちゅうヤツだ。言うか普通、自分で。むむう。この行き場のない怒りを、どうしてくれよう」
 うーむ。と考え込む。
「そうだ!」
 男は、右手で拳を作って、左手の掌でポンと叩いた。
「むふふふ。よいことを思いついたぞ。見ておれよKUNIめ。お主ばかりにいい思いをさせてなるものか」
 男は、湯のみを置いて、立ち上がった。
「さあ、そうと決まれば着替えだ。ええと、ハカマはどこへしまったかな。確か押し入れに。あったあった。アルマーニのハカマ。さて刀は。うむ。名刀、村正…… の偽物だが、まあいいだろう」





 ぶるぶる。
 お清たちと江戸の街を歩く邦四郎は、突然、悪寒を感じた。
「どうしたの邦さん?」
 お清が聞く。
「いや、なんかいま、背筋に冷たいものが」
「いやだよ、風邪かい?」
「違う。邪悪な気配を感じた」
「なに言ってんだい。それより邦さん。どうせだから、最近話題のお店に行ってみようと思うんだけど」
「まかす。オレは反物のことはよくわからん」
「たまには、あたしに買ってくれりゃ覚えるのに」
「は? なんでオレが、おめえに反物を買わなきゃなんねえんだ」
「ふう」
 お清はタメ息をついた。
「ハッキリ言わなきゃわかってくんないのかねえ、この人は」
「お清。なにタメ息をついておるのじゃ?」
「なんでもないよ。あたしゃ、お琴ちゃんがうらやましいよ」
「なんでじゃ?」
「その性格がさ。あーあ。あたしも十歳若返れたら、もっと素直になれるかな」
「なに言ってるのじゃ。わらわは、お清がうらやましいのじゃ。わらわも、あと十歳年をとりたいのじゃ」
「なんでよ、お琴ちゃん。年なんて取らないほうがいいわよ」
「だって、邦が十年たったら、わらわもいい女になると言ったのじゃ」
「そうなの邦さん?」
「おう。いくらなんでも、おりゃあ、十五、六のガキにやあ興味はねえよ。やっぱよう、女ってのは、こう、しっとりとよ、熟れたかなあ、いや、熟れすぎかなあって微妙なところがいいんじゃねえか」
「ふ~ん…… それって、いくつぐらいの女なのよ」
「人によって違わあな。二十五、六で熟れちまうのもいれば、四十すぎで、食べごろの女もいるぜ」
「あたしは?」
 お清は、邦四郎を見上げて、じっとその目を見つめた。
「そうさなあ…… お、おい、なんだよ。あんまり見つめるな。照れるじゃねえか」
「なんで照れるの?」
「いや、なんでって……」
 邦四郎は、ちらっとお清を見る。お清は、やっぱり邦四郎をじっと見つめていた。
「こ、こら、お清。そんな目で見るなんて。オレは、おめえのサッパリした性格が好きで、初めて、女でも友だちってなれるヤツだって思ってるんだぜ」
「友だち……」
 お清は、視線を外した。
「そうか、邦さん、そんな風に思ってたんだ。あたしのこと」
「なんじゃ、なんじゃ」
 とお琴。
「なんだか、二人が怪しい雰囲気なのじゃ。わらわは、どうしていいのかわからんのじゃ。オロオロなのじゃ。」
 お清は、ニッコリ言う。
「おいで、お琴ちゃん。邦さんなんかほっといて、二人で反物、見に行こう」
 お清は、お琴の手をむんずとつかんで引っ張る。
「わ、待つのじゃお清。手が痛いのじゃ! 邦、お清が怖いのじゃ~」
「おい、待てよ、清」
 二人を追い掛ける邦四郎。
 まいったなあ。そうか、そうだったのかァ。と、さすがにお清の気持ちに気づく。いやそれにしても、困っちまうなあ。お清にハマったら、最後まで行っちまうぞ。つまり、年貢の納め時ってところまで。いや、まいったなあ……
「おーい、待てってばよう」
 それでも、お清を追い掛ける邦四郎であった。
「べーだ。邦さんなんか、大っ嫌い!」
 お清は振り返って舌を出した。
 と、そのとき。
 ドン!
 お清は人にぶつかってしまった。
「あっ、すいません、よそ見してもんで」
 お清はあわてて、その人物に謝る。
「いやいや、こちらこそ。お怪我はありませんか、お美しいお嬢さん」
 ぶつかった男は、お清の手を取って、にっこりと笑った。その拍子に、八重歯のところがキラリンと光る。
「あ、あら……」
 お清は、思わず、その男に見とれた。すごいハンサムなお侍だったのだ。
「やいやいやいやい!」
 邦四郎が割って入った。
「どこのどいつか知らねえが、汚ねえ手で、お清の手を触るんじゃねえよ!」
「え?」
 と、お清。
「なに? 邦さん。もしかして、それってヤキモチ?」
「うっ…… バ、バカ言ってんじゃねえよ、だれがヤキモチなんか」
「うそ。ヤキモチだろ? ね、そうでしょ?」
 お清は、瞳を輝かせながら聞く。
「ちっ」
 と邦四郎。
「まあなんだ、そういうことに、しといてやらあ」
「キャーッ! 邦さんったら、カワイイ!」
 お清は、邦四郎の腕に抱きついた。
「なんだか」
 とお琴。
「柿餅のおかげで、邦とお清が仲直りなのじゃ。やっぱり柿餅は美味しいのじゃ」
「バカか、おめえは」
 邦四郎は、タメ息。
「そういう、おまえこそバカだろうに」
 すっかり無視されている、ハンサムな侍が邦四郎を睨んだ。
「なんだおめえ、まだいたのかよ。とっとと失せな」
「ほう。むかしから頭のネジのゆるんでいたヤツだとは思っていたが、ついにそのネジもはずれたか。さもありなん」
「こら! なにが、さもありなんだ! 何者だ貴様!」
「忘れたと申すか、この容姿端麗にして武に秀で、江戸のスーパースターと呼ばれた霜山左右衛門之上輝之真を!」(しもやまさえもんのじょう、てるのしん)
「輝之真だと?」
 邦四郎は、眉をひそめて、輝之真の顔をじっと見る。
 そして……
「あーっ! き、きさま、TERUじゃねえか!」
「はて?」
 輝之真は首をかしげた。
「TERUとは何者だ? わたしは、おまえと大森道場で同門だった輝之真だぞ。もっとも、おまえが破門になるまでの短いあいだだがな」
「お清、ちょいと待っててくんな」
 邦四郎は、お清に断りをいれてから、輝之真を道端に引っ張った。
「こら、なにをする。手を放さんか。ブランド物のハカマが汚れるではないか」
「うるせい。やいTERU。輝之真なんて男は、オレの設定したキャラにいねえだろうに。だいたい、それ以前にだな、作者が作中に登場していいと思ってんのかよ」
「キャラ? 作者? 作中?」
「ったく…… 人物設定のところに『????』なんて、書いてあるから嫌な予感はしてたんだが、まさか、作者自身が出てるとはな。恥知らずもいいとこだぜ」
「はて。なんのことか、一向にわかりもうさんな」
「あくまでもシラを切るつもりかよ」
「それは、おぬしのように叩けばホコリの出るヤツらの十八番だろう。江戸のスーパースターが、シラを切る必要など、まったくない」
「スーパースター? だれが? どこが? どれが?」
「やっかみもいいかげんにしろ。わたしのように容姿端麗、武芸達者、加えて蘭学の権威ともあれば、江戸中の女性がほってはおいてくれん。困ったものだ」
 輝之真は、フッとタメ息をついた。
「なあTERU。誤字脱字って言葉知ってる?」
「どこが誤字だ。どれが脱字だ」
「もう全部」
「おぬしこそ、誤言脱言の権威ではないか」
「おう。誤言脱言の邦四郎といえばスクリプト1の掲示板で有名…… 違う! なにを言わせる!」
「墓穴を掘りおって」
「やいTERU! どうでもいいが、引っ込んでいてもらおう。これはオレのリクエスト小説だ!」
「だから、TERUではないと申しておるだろうに。さて、ご婦人方がお待ちだ。物語を進めるとしようぞ」
「あっ、待ちやがれ!」
 だがTERU…… じゃなくて、輝之真は、邦四郎を無視して、笑顔を浮かべながらお清たちのところに、歩いていったのであった。





 辻屋(つじや)。と書かれた看板。
「ここがそうかえ?」
 お琴が、お清に聞く。
「そ。あたしも、初めてなんだけどさ。若い子に人気があるって話だよ」
「ふうん。立派な店構えじゃのう。水戸にはこんな大きい反物屋はないぞい」
 賢明な読者には、というか、『人物設定』をお読みいただいた読者には、すでにおわかりと思うが、この辻屋の主人、辻屋惣右衛門は、悪徳商人である。
「だから、バラすなってば」
 邦四郎が、輝之真に言う。
「だれに言っておるのだ。だれに。少なくともわたしに言うな。設定したのは、わたしじゃない」
「ほう。作者だって、認めるわけだな」
「うるさいヤツだ。それより、とっとと店に入らんか。お清たちが待ってるぞ」
「ちっ。いくぞお清」
「うん…… ねえ邦さん。輝之真さまって、邦さんの友だちだろ? それにしちゃあ、仲が悪いねえ」
「友だちじゃねえよ! こんなヤツ!」
「それはわたしのセリフだ」
「でも」
 とお琴。
「輝之真もハンサムなのじゃ。わらわは、気に入ったのじゃ」
「も?」
 と輝之真が聞き返す。
「いま、『も』と言ったか? わたしのほかに、だれかハンサムがいるような発言だな」
「邦もカッコイイのじゃ」
「ワハハハ! お琴! おめえは正直なヤツだ!」
 邦四郎が、鼻高々に笑う。
「図に乗りおって。まあいい。話が一向に前に進まん。さっさと反物屋に入るぞ」
「話しってなんです?」
 お清が聞く。
「こっちのことだ。さささ、お清殿。まいろうぞ。よろしければ、反物なぞ見立てて進ぜよう。まあ、お清殿なら、どんな着物でもお似合いだがな」
「あら、輝之真さまったら、お口がお上手で」
「よくやるぜ…… どっちがスケベなんだか」
 タメ息をつく邦四郎。
「邦」
 とお琴。
「邦は、わらわの着物を見立てるのじゃ!」
「へいへい。わかりましたよ、ちくしょうめ」
 のれんをくぐる邦四郎たち。
 そのとたん。
「いらっしゃ~い!」
 黄色い声が店内に響いた。
「うっ!」
 邦四郎と輝之真は、その店員を見て、体が硬直した。
「あら! いい男が二人も! 今日はツイてるわあ!」
 その店員が、邦四郎と輝之真にバチン(パチンではない。バチンである)と、ウィンクをする。
 ずざざざざっ! と、思わず後ずさる、邦四郎と輝之真。
「こ、こらTERU!」
 邦四郎が叫ぶ。
「あ、あの化けモンは、いったいなんだ!」
 そう。その店員は、髭を剃って、青々とした頬がまぶしいほどの、オカマであった。しかも、ヤクザ顔負けの無骨な顔。それに白粉を塗って、唇に紅を引いているのだ。気持ち悪いったらありゃしない。
「な、なにかの間違いだ!」
 輝之真が叫び返す。
「ここで、美人オカマ三姉妹が出てくるはずだったんだ!」
「あれのどこが、美人だ、あれのどこが!」
「むう…… もしや」
「なんだよ。なにか心当たりがあるのかよ」
「いや、邦。きさまも菜々姫は知っておろうな」
「おう。もちろんだ」
「菜々姫がな、美人オカマ三姉妹もおもしろそうだと言うんで出すことにしたんだが、遠きアーカンソー州から、わたしの電子カラクリ箱にウィルスを仕込んだのかもしれん」
「それで美人オカマが化け物オカマに、文字どおり化けたってわけか?」
「うむ。話をおもしろくする算段かも」
「マジかよ。じゃあなにか? あの化け物が、あと二人いるってことか?」
「だろうな。じゃ邦。あとは任せた」
「こら! どこへ行くTERU!」
「主役はおまえだ」
「きさま、この期に及んで、逃げるのか!」
 むんずと、輝之真のハカマをつかむ邦四郎。
「こら、放せ、放さんか!」
「いいや、放さねえ!」
「放せ!」
「放さねえ!」
 すると。
「ちょっとォ、店先で騒いでるのはどこのどいつだい?」
 店の奥から、さらにオカマが出てきた。
「ギャーッ!」
 と叫ぶ、邦四郎と輝之真。
「さらに、ひどいぞ!」
「あれが二番目の姉…… じゃなくて兄か!」
 さらに。
「なんだい、なんだい、うるさいねえ」
 また一人出てきた。
「ウッ、ギャーッ!」
 もはや悲鳴に近い叫び声。
「ちょっとォ、なんなのよ、この人たち。ニューハーフを差別する気? あら、でもちょいといい男じゃないか」
 最後に出てきた、とてつもなく、化け物のオカマが邦四郎にほほ笑む。
「だ、ダメだ…… ションベンちびりそう……」
「バカモン、それでも主役か」
 と輝之真。
「シャキっとせんか、シャキっと」
「あらァ、あんたもいい男じゃない」
 とてつもない化け物が輝之真に顔をむけて、にっこり笑う。
 とたん。輝之真の顔に、斜線が引かれる。サーッと。
「いかん。目眩いがしてきた。医者に行かねば…… ふう。文学青年は身体が弱くていかんな。だから、ハカマを放せと言うに、邦四郎!」
「一緒に、逃げようTERU!」
「だから、おめえは、主役だろうに!」
「主役もクソもあるか! やってらんねえよ!」
「ちょっと、ちょっと、邦さんたち」
 とお清。
「なにやってんだか知らないけど、そんな隅っこで震えてないで、早くお琴ちゃんの着物を見てあげておくれよ」
 お琴は、すでに店に上がり、反物を肩に当てていた。
「あらあ、この子、カワイイわあ」
 と、最初のオカマ。
「赤い色がよく似合うわねえ」
 と、二番目のオカマ。
「これなら、帯は淡い色を合わせたほうがいいわね」
 と、最後のすさまじいオカマ。
「いけよ、邦四郎」
「おめえが先に行け、TERU」
「だからTERUと呼ぶな」
「まだ言ってる。じゃあ輝。これでいいか?」
「譲歩しよう。さあ、早く行け。おめえが主役だぞ」
「都合の悪りいときだけ、主役にしやがって」
 ところが、そのとき。
「わらわは、こんな反物イヤじゃ!」
 お琴は、ぷいと顔を逸らして、反物を畳の上に投げ棄てた。
「こら、お琴ちゃん、なにすんだい!」
 お清が、あわてて反物を拾う。
「まったく、若い子は。物を粗末にしちゃいけないって、親に言われなかったのかい」
「だって……」
 お琴は、お清に怒られて、シュンとなりながらも、反論した。
「この反物は偽物じゃ」
「偽物?」
 お清、邦四郎、輝之真、三人が口をそろえた。
「ちょっと、お琴ちゃん」
 お清は、オカマさんたちを、ちらっと見ながら言った。
「めったなこと言うもんじゃないよ。ここは、ちゃんとしたお店なんだから」
「だって、違うもん」
「だから、なにが違うっていうのさ」
「ここ」
 お琴は、反物についている品質表示マークを指差す。
「シルク百パーセントって書いてあるけど、これは違うのじゃ。ポリエステルが混じっているのじゃ」
「おい輝」
 邦四郎が、輝之真に耳打ち。
「この江戸時代に、ポリエステルとは何事だ? あ? おめえ、時代考証って言葉知ってるか?」
「だから、わたしに言うな。菜々姫のウィルスが原因だ」
「うそつけ!」
「いいから、ツッコミはやめろ。それより邦四郎。オカマたちを見てみろ」
 輝之真が言うように、オカマたちの顔が一変した。
「おうおうおう、お嬢ちゃん。うちの店の商品にケチつける気かい?」
「こ、怖い……」
 さすがの邦四郎も振るえあがった。
 下手なヤクザより、オカマが凄むほうが、百万倍は怖いのであった。
 だが、お琴も負けていない。
「お主たちは、うそつきじゃ! これで高いお金を取ったら、犯罪じゃぞ!」
「お嬢ちゃんよう」
 極めつけの化け物オカマが、お琴の腕をつかんだ。
「そっちがその気なら、出るとこ出てもいいんだぜ。この辻屋惣右衛門、老中、坂田電蔵さまより、営業の許可をいただいてるんだ。ガタガタ文句は言わせねえよ」
 どうやら、このオカマが、店の主人、辻屋惣右衛門だったらしい。
「おい。マズイぞ、邦四郎。助けてこい」
 と輝之真。
「だから、おめえが行けよ!」
「おまえが主役、以下同文」
「わかったよ、行くよ、行きゃあいいんだろ」
 邦四郎は、思い切って、店に上がった。
「やいやいやい、その手を放しやがれ! でっかいキン○マしやがって」
「どこ見て、言ってんだい、邦さん」
 とお清。
 邦四郎は、店にあるタヌキの置き物に向かって啖呵を切っていた。
「おっと、間違えた」
 邦は、オカマの方に向き直った。
「やいやいやい…… ええとですね。なんですか。本日はお日柄もよく……」
「邦さん! しっかり、やっておくれよ!」
 お清が、邦四郎を睨む。
「わかってる。チクショウめ。こうなったら、清水の舞台から飛び降りたつもりで」
 邦四郎がそう言って腕まくりをしたとき。
「あっ!」
 と輝之真が叫んだ。
「おい、邦四郎! おまえ社会の窓が開いてるぞ!」
「なに?」
 思わず、自分の下半身を見下げる、邦四郎。もちろん、オカマさんたちの視線は邦四郎の下半身に集中。
「いまだ! 逃げるぞ!」
 輝之真は、お琴とお清の腕をとって、一目散に店を出ていった。
「わっ! 待て輝! この卑怯者!」
 邦四郎は、なぜが股間に手を当てながら叫んだ。
「あらあ、お友だちは逃げちゃったわねえ」
 オカマの辻屋惣右衛門がニヤリと笑う。
「この落とし前は、どうつけてもらおうかしら?」
「ひえええっ、悪霊退散! いや、オレが退散!」
 邦四郎は、輝之真を追って店を逃げ出そうとした。
 だが!
 一番末っ子のオカマが邦四郎の着物をむんずとつかむ。
「うふふふ。逃がさないわよォ」
「ギャーッ!」
「あらあ、いいモノ持ってるじゃない」
 と二番目のオカマ。
「わあ! 着物を捲くるんじゃねえ!」
「天国に連れてってあげるわあ」
 と辻屋惣右衛門。
「地獄の間違いだろうに! やめろ、バカ、触るな! キャーッ!」


10


「いやあ、危ないところでしたな」
 輝之真は、熱燗を一杯ひっかけながら、ホッと息をついた。
 ここは、邦四郎もよく利用しているそば屋、長寿庵である。
「お清ちゃん」
 そば屋のダンナ、半兵衛がざるそばのお代わりをもってきた。
「オカマの三兄弟に会ったんだって?」
「そうなのよ。すごかったわ。ね、お琴ちゃん」
「うん! すごかったのじゃ!」
 もぐもぐと、そばを食べながら、お琴が答える。
「怖かったのじゃ! 化け物だったのじゃ!」
「お琴ちゃん。食べるかしゃべるか、どっちかにしなさいよ」
 とお清。
「それにしても、邦さん、大丈夫かしら?」
「はっ、はっ、はっ!」
 高笑いの輝之真。
「なに、心配ござらん。あやつのことだから、いまごろは酒池肉林…… うっぷ。想像しただけで気分が悪い」
「もう~ 変な想像しないでくださいよォ。だいたい、輝之真さまは、邦さんの友だちでしょ?」
「いかにも。友人でござる。ござるとも。はっ、はっ、はっ!」
「あの……」
 と、そば屋の看板娘、お喜美がお銚子をもう一本持ってくる。
「輝之真さま。これどうぞ」
「ん? お銚子なら、まだあるぞ」
「いえ、その、サービスです」
 ポッと頬を染めて、お喜美は、店の奥に逃げるように入っていった。
「あらあら。輝之真さま、お喜美ちゃんに気に入られたみたいですね」
「やれやれ」
 輝之真はふっとタメ息を付いて、前髪を掻き上げた。いや、ちょんまげだから、前髪はないのだった。
「たまに市中に出てみればこの有様だ。われながら罪な男だな、ぼくは」
「輝之真さまって」
 とお清。
「なんだかんだ言って、邦さんに似てるわね、性格が」
「図に乗るのじゃ!」
 とお琴。
 そのとき。
 ガラッ! と勢いよく、長寿庵の引き戸が開いた。
「こ、こ、こ、ここに、いやがったか、輝之真!」
 着物が乱れ、息を切らせた邦四郎が、髪の毛を逆立たせて、輝之真を睨みつけた。
 輝之真、落ち着いて熱燗をクイッと飲む。
「ほう。意外と早かったな。で、どうだった、貞操を奪われえた感想は?」
「バカ野郎! だれが奪われるか!」
「まあ、恥ずかしいのはわかるが、落ち着け。やっぱりあれか、出血したか?」
「て、てめえ…… どうあっても、神田川に浮かびたいらしいな」
 邦四郎が腕まくりをする。
「おぬしこそ、隅田川に浮かべてやろう」
 輝之真も立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待った、二人とも!」
 お清が、あわてて二人の間に割って入る。
「もう、こんなところでケンカしないでおくれよ。お琴ちゃんもいるんだよ。ほら、邦さんも頭冷やして、座っておくれよ。半兵衛さん、邦さんに、お銚子持ってきて!」
「ふん。命拾いしたな輝之真」
「それは、こっちのセリフだ」
 邦四郎と輝之真は、にらみ合いながら、椅子に座った。
 そば屋の主人、半兵衛がお銚子をもってくる。
「はいよ。お待たせ」
「ありがと、半兵衛さん。はい、邦さん」
 お清は、邦四郎にお酌する。
「ご苦労様だったね。あたしゃ、心配してたんだよォ」
「くっ…… そう言ってくれるのは、お清だけだぜ」
「わらわも言うのじゃ!」
「おめえは、黙ってろ」
「なんでじゃ! 差別なのじゃ!」
 お琴の目の前に、ざるそばの器が、五つも重なっていた。
「げっ、いつの間に!」
 と邦四郎。
「よく、食うなあ。腹を壊しても知らねえぞ」
「大丈夫なのじゃ。わらわは、胃腸が丈夫なのじゃ」
「それにしたって……」
「ふわあ」
 お琴はあくびをした。
「食べたら、眠くなったのじゃ」
「動物か、おまえは!」
「人間は動物なのじゃ。邦。お主の家に連れていくのじゃ」
「はあ?」
「わらわは、邦の家に泊まるのじゃ」
「おい、なに言ってんだ。おめえは、親御さんの泊まってる宿に帰えるんだよ」
「じつは、わらわは、家出してきたのじゃ。ハハハ」
 間。
「こら! ハハハじゃねえだろ! おめえ、家出娘か!」
「そうなのじゃ」
 ガクッと肩を落とす邦四郎。
「おい輝。なんとかしろい」
 輝之真は、クイッと酒を飲む。
「なんとかって、おめえが、そういう設定にしたんだろうが。オレは知らん」
「邦。早く行くのじゃ、わらわは、お風呂に入りたいのじゃ」
「風呂?」
 一瞬、邦四郎の鼻の下が伸びた。
「冗談じゃないよ!」
 と、叫んだのはお清。
「お琴ちゃん! あんたはあたしの家に泊まるんだよ! ぜったい、邦さんのところになんか泊まっちゃダメ!」
「え~っ。わらわは、邦のところがいいのじゃ」
「ダメったら、ダメ! さあ、行くよ、お琴ちゃん」
 お清は、お琴の腕をとって、長寿庵を出ていった。
「あわただしい、時代劇だなあ」
 輝之真は、ボソッと言う。
「それを書いてるのは、おめえだろうに」
「だから、なんのことか、サッパリわかり申さんな」
「もう聞き飽きたぜ」
 邦四郎も、お銚子から酒を注いで、クイッと飲む。
「これから、どうなっちまうんだ、この話はよう。いいのか、こんな展開で?」
 邦四郎がそう言うと、輝之真は眉をひそめた。
「おい、邦。おめえ、まさか忘れたわけじゃあるめえな」
「なにを?」
「菜々姫と約束をしたろうに、菜々姫と」
「オレが? 菜々姫と?」
 邦四郎は、う~ん、と唸るように考えてから、ポンと手を叩いた。
「入浴シーンか! そうか、そうだった。いやあ、あれを入れたおかげで、つぎに菜々姫がカウントゲットしたら、オレのリクエストもひとつ入れてくれるんだったな」
「余計なことを」
 ボソッと言う輝之真。
「なんか言ったか?」
「なんにも」
「そうか、そうか。入浴シーンか。んじゃな。ちょいと失礼するぜ」
「のぞきか?」
「バカ言ってんじゃねえよ。だれが、のぞきなんか。デヘヘヘヘ」
「鼻の下、伸ばしおって。まあいい。行くとするか」
「おめえも、のぞきたいんじゃねえか!」
「うるちゃい!」
「てめえってヤツは」
 まあ、似たり寄ったりの二人であった。


11


 お清の家。
「お琴ちゃん、お風呂沸いたよ」
 お清が、コタツに入っているお琴に言う。
「わーい。お風呂なのじゃ。お清も、一緒に入るのじゃ」
「え~っ、あたしも?」
「入るのじゃ、入るのじゃ!」
「もう、しょうがない子ねえ」
 お清は苦笑い。
「わーい。お清とお風呂なのじゃ!」
 しゅるしゅると、帯を解くお琴。
 そのころ、お清の家の外。
「へへへ、開いたぜ」
 と邦四郎。いままで、お清の風呂場の壁に穴を開けていたのだ。
「手際がいいな邦。日ごろの行いが知れるぞ」
「うるせえな。のぞきたくねえのかよ」
「オホン。まあなんだ。今回は大目に見よう」
「よく言うぜ。お、来た来た!」
 風呂場に、お琴とお清が入ってきた。
「わーい! お風呂じゃ!」
「おいおい、前ぐらい隠せよなお琴」
 と、穴をのぞき込む邦四郎。独り言。さすがにお清は、タオルで前を隠している。
「こら、お清。おまえは隠すんじゃねえよ」
 言動が矛盾してる、邦四郎。
「お清って、胸が大きいのじゃ」
「あら、大きいのも大変なのよ。肩が凝るし」
「でも、わらわは、大きい方がいいのじゃ」
 お琴は、お清の胸を指でつつく。
「わあ。ぷにぷになのじゃ」
「お、お、オレも、ぷにぷにしてえ!」
 穴を除く邦四郎が悶絶する。
「それにしても、あとちょっとだ。お清、早くタオルをどかせよ、タオルを。大事なところが見えねえじゃねえか」
「こら」
 と輝之真。
「鼻の下を元に戻せというに。ただでさえ、縦に長い馬面が、もっと長くなっちまうぞ」
「馬面とは、なんだ馬面とは!」
「失敬。種馬の間違いだった」
「輝よ。おめえとは、いつか決着をつけねばなるまいな」
「望むところだ。それより、早く代わらんか」
「もうちょっと」
「早くせい!」
「うるせえな。むっつりスケベ。ほらよ、お琴のハダカを拝め」
「うむ」
 輝之真が代わる。
 すると……
「む。これは……」
「どうした」
「いい形だ」
「なにが?」
「ヒップ」
「ガキの見て、興奮すんなって」
「違う。お清の方だ。う~む。なかなかどうして。ほう、意外とこれがまた。おお、タオルを取ったぞ。秘密の茂みがバッチリだ」
「バ、バカ野郎! 見るんじゃねえ!」
 邦四郎が、輝之真の身体をこづく。
「わっ、なにをするか邦!」
「お清のハダカを見ていいのは、オレだけだ!」
「きさま! ヒロインを独り占めは許さん」
「オレが主役だろうに!」
 邦四郎と輝之真は、お互いの胸倉をつかんで、相手をぶん殴る体勢。
 そのとき。
「なんだろうね」
 とお清の声。
「外が騒がしいみたいだけど」
 邦四郎と輝之真は、ハタと殴りかけた手を止めて、一言。
「ニャ~ン」
「なんだ、猫か。イヤねえ、この時期は発情しちゃって」
 確かに発情している、どっかの誰かさんたちだった。
 ふう。と息をつく、邦四郎と輝之真。
「あぶねえな。見つかっちまうところだったぞ」
「おめえが、こづくからだろうに」
「だから、お清はオレのもんだ」
 と、またまたそのとき。
「なんだお前たちは!」
 男の声がした。
「げげっ!」
 と邦四郎。
「ありゃ、銭形のダンナじゃねえか」
「おまえが、登場させろって言ったオッサンだな」
「こんなところで、登場させろなんて言ってねえよ!」
「だからあ、オレももう物語の中にいるんだから、展開に手が出せねえっていうの」
「無責任だぞ、輝!」
「文句を言うな、文句を」
「やいやい」
 と銭形。
「なにを言ってやがるんだ。ははん。さては、最近出没している、下着泥棒はおめえらのことだな」
 銭形平次は、腰に下げた寛永通宝を手にとり、シュシュと投げる。
「いてて!」
 寛永通宝が、みごと邦四郎と輝之真の額に命中。
「逃げるぞ、邦!」
「当ったりめえだ!」
 邦四郎と輝之真は、一瞬、顔を見合わせてから、ダッとダッシュした。
「こら! 待ちやがれ!」
 銭形が追う。
 そのとき。
 ザバーン! と、お清の家の風呂場から水が。
「やっぱり、のぞきだね! って、あれ? 銭形のダンナじゃないか」
「そりゃ、ねえよお清ちゃん」
 水もしたたるいい男。銭形平次であった。
 そんなこんなで、逃げ切れた邦四郎と輝之真。
「ああ、ヤバかったぜ」
 ホッと息をつく邦四郎。
「邦。おめえが、のぞきなんかするからだ」
「おめえだって、同罪じゃねえか!」
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ評定所に戻らねば」
「こら。誤魔化すな。だいたい、評定所とはなんだ、評定所とは」
「わたしの仕事場に決まっておろうに」
「おめえの仕事場は、汚ねえ長屋だろうに!」
「なにを言っておるかな、こやつは。わたしもすでにキャラの一員なのだ。この、霜山左右衛門之上輝之真。評定所詰め、大目付なるぞ」
「大目付だと? てめえ、いま適当に考えたろ、いま!」
「うるさい。じゃ、あばよ種馬」
「ったく、なんちゅう作者だ」
 ぶつぶつ輝之真の後ろ姿に悪態をつく邦四郎であった。


12


 翌朝。
 邦四郎は、長寿庵で茶をすすっていた。
「あー、ちくしょう。見たかったなあ、お清の秘密の花園。輝の野郎だけ拝みやがって」
「はいよ、邦さん」
 看板娘のお喜美が、ざるそばを持ってくる。
「おう。サンキュ、お喜美」
「あれ、邦さん。それどうしたの?」
 お喜美が、邦四郎の額をのぞき込む。
「額に、寛永通宝って書いてあるよ」
「うっ」
 邦四郎は、あわてて額を手で隠した。銭形のダンナに投げつけられたアザが残っているのである。
「な、なんでもねえよ」
「ふ~ん。邦さん、また悪さしたね。お清姉さんに言いつけてやろっと」
「こら、お喜美! 余計なこと言うんじゃねえよ」
 そのとき。
「停電だ、停電だ。違う。ていへんだ、ていへんだ、ていへんだ!」
 青吉が飛び込んできた。
「おう、青」
 と邦四郎。
「どうした? っていうか。おめえは、ほかに登場の仕方はねえのか?」
「兄貴~ おいら、こういうキャラなんで、仕方ねえっスよ」
「そうだった。で、なにが停電…… じゃなくて、大変なんだ」
「兄貴こそ、進歩がねえな」
「うるせえ。早く、言いやがれえ」
「そうでした! 兄貴! これ見て下せえよ!」
 青吉が出したのは、人相書きが描かれた瓦版だった。
「いえね、さっき配ってたんですが、この人相書きの女、きのう、兄貴が連れていたお嬢さんじゃねえっスか?」
「どれ」
 邦四郎は、瓦版を受け取る。
 そこに描かれていたのは、確かにお琴であった。
 しかも。
「み、水戸藩の姫君だと!」
 邦四郎は仰天。
「ね。停電でしょ」
「まったく停電だ」
「停電だなあ」
「こいつぁ停電だぞ。って、バカ野郎! いつまでくだらねえ、ギャグに付き合わせるんだおまえは!」
「いやあ、しつこくやると、けっこう笑えますね、兄貴」
 そのとき。
 長寿庵の引き戸が、ガラッと開く。
「おお! 邦。ここにいたか!」
 入ってきたのは輝之真だった。
「あっ! 輝之真さま!」
 お喜美が、ポッと頬を染める。
「おお、お喜美。今朝もカワイイね」
 思わず、お喜美の手を取る輝之真。
「や、やだあ、輝之真さまったら…… こんな朝から、お店でなんて」
「ハハハ。恋には場所も時間も関係ないのだよ」
「こらこらこら!」
 邦四郎が、割り込んできた。
「てめえも、額に寛永通宝のアザ作って、ナンパしてんじゃねえよ。いったい、なんの用件だ」
「そうだった。のんきに、ざるそばなんか食ってる場合じゃないぞ邦。きのう一緒だったお琴…… じゃなくて琴姫を連れ戻さねばならん」
「待て待て。話が見えねえよ。オレもたったいま、お琴が水戸藩の姫君だって知ったところだ。でも、なんでおめえが、お琴を連れ戻すんだ?」
「お役目だ」
「お役目?」
「わたしは大目付だぞ。上様から、琴姫を探せと命ぜられたのだ。くそっ、きのうの晩、大目付などと、適当に自分のキャラを設定したらこの始末。まったくツイてない」
「なにをブツブツ言ってやがる。自業自得だろうに」
「うるさい。黙れ」
「それはそうと輝。なんで、将軍が直々に水戸藩の家出娘の捜索なんかするんだよ」
「いや、じつはな……」
 と、輝之真が説明しようとしたとき。
「てるのしん!」
 長寿庵に、きんきらきんの着物を着た男が入ってきた。
「ここに、ことひめがおるのか? どこにおるんじゃ? どこじゃ?」
「な、なんだこいつ?」
 邦四郎は、そのバカ面の男を指差した。
「言葉がひらがなだぞ」
「琴姫のフィアンセだ」
 輝之真が答える。
「このバカが?」
「こら。バカなどと言うな」
「バカはバカじゃねえかよ」
「徳川御三家、水戸藩の姫君を正妻に娶られえる方だぞ。どれほど地位の高い方か、察しぐらいつくだろうに」
「ふん。どこの殿様かしらねえがな。なるほど、こいつが相手じゃ、お琴が家出したくなる気持ちもわかるぜ。このバカじゃなあ」
「まあ、それはそうだが、せめておバカ様と、様を付けんか、様を」
「てるのしん!」
 とおバカ様。
「どこじゃ。どこにおるのじゃ。ことひめ。ことひめ~」
 すると。
「おお、ことひめ~」
 バカ様は、そば屋のお喜美に抱きついた。
「ことひめじゃ、ことひめじゃ!」
「キャーッ!」
 悲鳴を上げるお喜美。
「こらこらこら」
 輝之真が、きんきらきんの着物を引っ張って、バカ様をお喜美から引っ剥がした。
「あんたの目は節穴ですか! この娘は、そば屋のお喜美ですよ! だいたい、鼻をふきなされ。垂れておりまするぞ」
 ずずっ。と鼻水をすするバカ様。
「これで、へいきなのじゃ!」
「はいはい、そうですな」
 頭を抱える輝之真。
 すると。
「なんだか、もう我慢が出来ねえ」
 邦四郎が腕まくりをした。
「こら、邦。なにをするつもりだ」
「ぶん殴ってやる、この大バカ様をよ。少しはよくなるかも知れねえぞ」
「あのな。むかしのテレビじゃあるまいし、殴って治るもんなら、とっくのむかしに」
 そのとき。おバカ様の鼻から、つつっと鼻水が垂れ、邦四郎のざるそばの上に落ちた。
「あっ!」
 と邦四郎。
「てめえ、なにしやがんだ!」
「おちたのじゃ。はなみずがおちたのじゃ、てるのしん!」
「そ、そうですな……」
 さすがに、頭を抱える輝之真であった。
「もう、勘弁ならねえ」
「待て邦四郎!」
 パカーン!
 邦四郎は、輝之真を無視して、おバカ様の頭を思いっきり殴り倒した。
「あーっ!」
 輝之真が叫ぶ。
「殴った! 邦! きさま、殴ってしまったな!」
「だって、こいつ、人の食いモンに鼻水垂らしゃあがったんだぞ」
「バカモン! この御方をどなたと心得る! 将軍、徳川吉宗公のご嫡男、徳川家重さまにあらせられるぞ!」
「えーっ!」
 邦四郎、そば屋のお喜美ちゃん、親父の半兵衛、そういえば、まだいたぞ青吉。の全員が驚く。
「おい、これがか?」
 邦四郎が、やっぱり指差す。
「そう、これがだ」
「つぎの将軍?」
「そう、つぎの将軍」
「あちゃ~ これじゃ江戸の未来も暗いぜ」
「ほにゃらら……」
 家重が、なにがしゃべった。
「どうなさりました、家重さま?」
 輝之真が聞き返す。
「ほえ? ここはどこじゃ?」
「は?」
「ふにゃ。わたしはだれ?」
「邦四郎……」
 輝之真が、邦四郎を睨む。
「きさま、ただでさえバカで困っておるのに、悪化させてどうする、悪化させて」
「オレのせいか?」
「さっき家重さまの頭を、思いっきりぶん殴ったじゃないか」
「あれか。でも、悪化したのか? そんなに変わってねえぞ」
「ふわわわわ。蝶々が飛んでる。待て。待つのじゃ。ふわわわ」
 家重は、見えない蝶々を追い掛けて、長寿庵を出ていった。
「悪化したかもな」
「まあいい」
 と輝之真。
「それよりお清の家に行くぞ。琴姫を連れ戻さねば」
「おい、将軍の息子はいいのよ?」
「ほっとけ。うまいこと隅田川にでも落ちてくれれば…… いやいや、わたしの部下が江戸城へお連れしているだろう」
「それはともかく、あんなバカと結婚させられるお琴が不憫だと思わねえのか、輝は」
「思うが、お役目では仕方ない。それに、琴姫だって、いつまでも逃げ回っているわけにもいくまい」
「そりゃ、そうだけどよ。なんか気が進まねえな」
「なら、わたし一人で行く」
「待て待て、付き合うよ。一応、オレが主人公だし」
「わかってるなら、さっさとせんか」
 と、連れ立って長寿庵を出て行く邦四郎たちであった。


13


 お清の家。
「おーい、お清」
 邦四郎が、引き戸の外で声をかける。
 返事がない。
「おかしいな……」
「もう出かけたのかな」
 と輝之真。
「こんな朝っぱらからか?」
「うむ。嫌な予感がするな」
「オレもだ。おい、お清! 勝手に入るぞ!」
 邦四郎は、引き戸を開けた。
 もぬけのカラ。
「やっぱり、いねえよ」
「おい邦。ちゃぶ台に、紙が乗ってるぞ」
「どれ」
 邦四郎は、勝手に上がり込み、ちゃぶ台の上の紙を取り上げる。
「なになに…… お清とお琴の身柄は預かった。返してほしくば、辻屋までこい。辻屋惣右衛門」
「辻屋か。うかつだったな」
 輝之真が腕を組む。
「琴姫にまがい物の反物を見破られて、さらったわけだ」
「分析してんじゃねえよ、輝。早く助けにいかにゃあ」
「あの化け物屋敷にか?」
「うっ…… そうだった」
「こりゃ、大岡越前殿の仕事だな。選手交代だ。じゃ、あばよ邦」
「こらこらこら! どうして、おめえは、関係ねえところだけしゃしゃり出て、肝心なときに姿をくらまそうとするんだよ」
「まあ、よいではないか。これで大岡越前の出番もあるし」
「よかねえよ。こうなったら、最後まで、おめえには付き合ってもらう」
「ヤダなあ…… オレはオカマはどうもなあ。むかし、オカマバーで嫌な思い出があるんだよなあ。ジュゴンちゃんに気に入られちまって、えらい目にあったんだよなあ」
「だーっ! だれも、おめえの恥ずかしい過去なんか聞きたくねえよ! ぶつぶつ言ってないで、さっさと来い!」
「しょうがねえなあ……」
 輝之真は渋々、邦四郎についていった。

 で、辻屋。

「やい、オカマども! 出てきやがれ!」
 邦四郎が、玄関先でどなる。
「おーい、オカマ!」
 だれも出てこない。
「こら邦四郎。もっと時代劇らしくやらんか」
「なにをいまさら」
「時代劇が、おまえのリクエストだろうに!」
「へいへい」
 邦四郎は、肩をすぼめてから、店の奥に向かって大声で叫んだ。
「ごめんつかまつる!」
 でも、やっぱりだれも出てこない。
「ごめん! ごめん! ごめんと言っるだろ!」
 すると。
「ちょっとォ、玄関で謝ってるのはだれ?」
 オカマが出てきた。
「だれも、謝っとらんわ!」
 邦四郎が叫ぶ。
「あら~ やっと来たわね」
 とオカマ。
 やはり邦四郎と輝之真は、ざざっと三歩ほど後ずさった。
「やい辻屋の化け物ども! 大化け物の惣右衛門はどうした?」
「お姉様は、いま老中の坂田電蔵さまのお屋敷に行ってるわ」
「ご老中の?」
「そうよ。坂田さまは、あたしたちの後ろ楯だもん」
「やいやいやいやい」
 邦四郎が、輝之真の背中に隠れながら言った。
「お清とお琴はどこだ!」
「こら、邦四郎。人に背中で啖呵を切るな」
「うるせえな、オレはきのう、死に物狂いで逃げてきたんだぞ」
「ホーッホホホホ!」
 オカマが笑う。
「今日こそは、逃がさないわよ。うちのお店の秘密を知られた以上、生かしてはおけないわ。先生! 先生! お願いします!」
 オカマが叫ぶと、店の奥から、額に傷のある男が出てきた。
「用心棒まで出てきたぜ」
「だから、おぬしの設定だろうに」
「そうか。そうだったな」
 ぶつぶつと、邦四郎と輝之真。
「先生、あの二人ですわ。やっつけちゃってくださいな」
「うむ」
 用心棒は、邦四郎たちを、鋭い眼光で睨んだ。
「お主たちに恨みはないが、これも仕事。悪く思うな」
「ふう。相手が普通の男なら、オレに任せてもらおう」
 邦四郎が、輝之真の背中から出てくる。
「ま、おまえが主役だしな」
 と輝之真。
「おい邦。おめえ、刀持ってねえじゃねえか。貸してやろうか?」
「はん。こんなヤツ、素手で十分だ」
「ほほう」
 と用心棒の先生。
「この、柳生十五兵衛に素手で向かってくるとは、片腹痛いわ」
 すると邦四郎は、間髪をいれずに、柳生十五兵衛に殴りかかり、相手が刀を抜く前に、わき腹を、思いっきりぶん殴ったのだった。
 ポカポカポカ!
「あいたたたた!」
 わき腹を押さえる柳生十五兵衛。
「ひいいっ、本当に、片腹痛い!」
「ふん。バカめ」
 邦四郎は、とどめの一発。
 パカン!
 キュウ。っと柳生十五兵衛は気絶した。
「さて、用心棒もすんだと」
 メモを取る輝之真。
「なにやってんだ、輝」
「いや、一応、リクエストをひとつずつ、片付けないとな」
「へいへい。勝手にやってくれ」
「あ、あら、やだわ……」
 やられた用心棒を見る、オカマたちの額から冷や汗が流れた。
「おい輝。刀を貸せよ」
「ほれ」
 輝之真は刀を抜いて、邦四郎に渡した。
「さて」
 と、刀を構える邦四郎。
「きのうはビビッて逃げ出したが、今日は事情が違う。お清と琴姫を渡してもらおうか」
「ふ、ふん。だれがあんたなんかに」
「だったら刀の錆になりな」
「おい。オレの刀だぞ。名刀村正の…… 偽物だが」
「偽物ならいいじゃなねえか。ええい、面倒だ。このまま、たたっ切ってやる。その方が早い」
 邦四郎は、刀を振り上げる。
「待って、待ってよ! 女たちはここにはいないのよ!」
「だったら、どこにいるって言うんだい!」
「老中のところよ! 姉さんが連れていったのよ!」
「本当だろうな。うそだったら命はねえぞ!」
「本当だってば!」
 邦四郎は、刀を下ろした。
「輝。おめえは、どう思う?」
「まあ、ことここに及んで、オカマたちも、うそはつくまい。老中、坂田電蔵の屋敷に連れていかれたとみて、間違いないだろう」
「そうか。じゃあ、いますぐ老中の屋敷に行こうぜ」
「そうしよう。刀を返せ」
「やだ」
「おい邦……」
「だって、これから大立ちまわりだぜ。主役が刀を持ってない時代劇なんかあるもんか」
「斬新でいいではないか。カンフーでもやれ」
「マヌケだよ、ただの!」
「あのな。最初から刀をもってない方が悪いんだろうに。刀を返さねば、付き合わん。一人で勝手に行け。もっとも老中の屋敷に、浪人ぶぜいが入れるとは思わんがな」
「くそっ、人の足元見やがって。ほらよ。返してやらあ、こんなナマクラ」
「じゃ、おまえはカンフーで決まりだな」
 刀を受け取りながら、輝之真が言う。
「バカ言うな。ちょっくら取ってくる」
「なんだ。持っているなら、最初からそうしろよ」
「いやまあ、ちょいと、人に預けてあってな」
「人に? 刀を?」
「まあいいじゃねえか。取りあえず、刀を取りに行こう」
 邦四郎は、そそくさと辻屋を出ていった。輝之真は、不審に思いながらも、あとについていく。


14


「なるほど、ここに預けてあるわけか」
 タメ息をつく輝之真。その店の看板は『質屋』であった。
「まあ、そういうこった」
 邦四郎は、なぜか、ほっかむりをする。
「おい邦四郎。おめえが貧乏なんてことは、みんな知ってるんだ。いい年こいて、質草出すのに、顔なんか隠さなくてもいいだろうに」
「バカ。こりゃ理由が違う」
「は?」
「ま、いいじゃねえか。気にすんな。ちょっくら行ってくるぜ」
 顔を隠した邦四郎が、質屋に入っていった。
「へい、いらっしゃい」
 年取った質屋の主人が、もみ手で出てくる。
「やいやいやい!」
 と邦四郎。
「命が惜しかったら、言う通りにしろい!」
「はあ」
 と主人。
「で、いか用で?」
「そこの刀。そいつをもらおうか!」
「これですかい?」
 主人は、刀を手に取る。
「この刀、なかなかの逸品ですが、ちと手入れが悪いですな。しょうがないから、わたしが手入れしときましたよ、強盗のダンナ」
「おう、そうか。そいつは悪いな」
「いえいえ」
 主人は、邦四郎に刀を渡す。
「へい、どうぞ」
「おうジイさん。今日は運が悪かったと思って諦めな。なあに、生きてりゃ、そのうちいいこともあらァな。じゃ、あばよ」
 邦四郎は質屋を出ていった。
 すると。
 店の奥の障子が開く。
「また邦四郎かい、お前さん?」
 バアさんが、顔をのぞかせて、主人に言う。
「毎回毎回、おんなじパターンで、バレてないと思ってるのかね?」
「まあ、そう言うな。また事件に巻き込まれてるんだろ。騒ぎが治まりゃ、返しに来るさ。こそっとな」
 じつはこの質屋。邦四郎の住んでいる長屋の大家なのであった。
「おう、待たせたな」
 邦四郎が、刀を帯にさしながら言う。
「さあ、だいぶカッコもついてきたぜ。行こうか」
「おまえな」
 輝之真は頭を抱えていた。
「それでも主人公かよ。ふつう、質屋に強盗に入るか? 主役が?」
「斬新じゃねえか」
「ただのアホだ」
「うるせえなあ。とっとと行こうぜ。マジでお清が心配だ」
「まあな」

 ところ変わって、老中の屋敷。

「で、商売のほうはどうじゃ辻屋」
 ときの老中、坂田電蔵が、化け物オカマの辻屋惣右衛門と、茶をすすっていた。
「おかげさまで、繁盛しておりますわ。それもこれも、すべてご老中様のおかげ」
「ハハハハ。まがい物の反物を高値で売りさばくとは、お主も悪よのう!」
「やだわ。ご老中様ったら。ホホホ。上がりの一割を懐に入れてらっしゃるのは、どこのどなたかしら」
「ワハハハ。営業許可の見返りじゃ。安いもんじゃろうに」
「ホント、ご老中様には感謝しております」
「それにしても、辻屋。お主、気持ち悪い顔じゃのう。ハハハハ」
「ほっといてくださいな。ホホホホ」
「ワハハハ!」
「オホホホ!」
 ずずっ。と、茶をすする二人。
「ときに辻屋」
 と、急にまじめな顔になる坂田電蔵。
「おまえの連れてきたおなごじゃが、本当に、わしの好きにしてよいのか?」
「もちろんですわ。煮るなり焼くなり、なめるなり。なんとでも。その代わり、生きてこの屋敷を出さないでくださいね。秘密がバレますから」
「わかっておる。グヘヘ。お清とかいったか、ちとトウが立っておるが、えらい美人じゃのう。あの女、気が強そうじゃから、縄で縛って、ロウソクなんぞで責めてみるか。お琴は、きっと初物じゃぞ。ヒヒヒ。泣き叫ぶ顔が楽しみじゃのう」
「オホホホ。相変わらずのご変態ぶり。さすがですわ」
「ワハハハ。お主の顔にはかなわんわい」
 そのとき。
 老中たちのいる部屋の障子に、人影が映った。
「む。なにヤツ!」
 坂田電蔵は、床の間の刀に手をかける。
 すると、その影が言った。
「梅は咲いたか桜はまだか。年がら年中咲き乱れるのが悪の花……」
 邦四郎が、いい終わる前に、坂田電蔵が、障子をガラッと開けた。
「あっ、こら!」
 と邦四郎。
「まだ開けるんじゃねえよ! 主役の啖呵が終わってからだろ、開けるのは!」
「だから言ったじゃねえか」
 輝之真が、吸っていたマイルドセブンを。ポイと捨てた。
「ふつう、待ってちゃくれねえって。時代劇の設定ってぜったいおかしいよ」
「おい輝。やる気あんのかよ、おめえ。タバコなんか悠長に吸いやがって」
「えーい、ゴチャゴチャうるさいわい!」
 と坂田電蔵。
「いったい、何者じゃ、おまえらは!」
「こいつは、クセ者です」
 と、輝之真が邦四郎を指差す。
「だったら、おめえはジャマ者だな」
 と今度は、邦四郎。
「漫才師か、おのれらは!」
 怒鳴る、坂田電蔵。
「ええい、出会え出会え、なんだか知らんが、クセ者とジャマ者じゃ、出会え出会え!」
 坂田の声で、うじゃうじゃと、屋敷に詰めている侍たちが出てくる。
「うっひょう! 来た来た。やっと大立ちまわりだぜ!」
 邦四郎は、刀を抜く。
「ふん。肉体労働は嫌いだが、致し方ない。付き合うとするか」
 輝之真も、刀を抜く。
「やっちまえ!」
 と雑魚キャラの一人が叫んだ。たぶん、切られ役を何十年もやってるベテランである。
「輝! 右側の連中は任せたぜ!」
「おう。任せとけ!」
 ザシュ! バシュ! ズシャ!
「こら! 相変わらず擬音だけかい!」
 邦四郎が、雑魚どもを切りながら叫んだ。
「文句を言うな! オレだって忙しいんだから!」
 輝之真も、切りながら叫び返す。
「もうちょっと、アクションシーンを書く練習をしろよ!」
「うるせえな、オレはコメディが主体だからいいんだよ!」
「芸の幅を広げろって言うの!」
「なにが芸だ、なにが!」
 とか言いながら、邦四郎と輝之真は、百人以上の雑魚を切ってしまった。
「そこまでだ!」
 坂田電蔵が叫んだ。
「この女どもが目に入らんか!」
 邦四郎と輝之真は、手を止めて、坂田を見た。
「邦さん!」
「邦!」
 お清とお琴が叫ぶ。二人は、手を縛られていた。そして、お清は坂田に、お琴は化け物オカマ(辻屋)に、それぞれ首筋に刀を当てられている。
「む。女を盾にするたあ、見下げ果てたヤツ」
 と邦四郎。
「ふん、なんとでも言え。さあ、刀を捨ててもらおうか」
「そうよ、そうよ捨てなさいよ」
 とオカマ。
「くそっ、どうする輝?」
「むう。致し方あるまい。お清たちの命が優先だ」
「ちくしょう。なんか決まらねえなあ、この時代劇はよう」
 邦四郎と輝之真は刀を捨てた。
「ワハハハハ! きさまら、生きてここから出られると思うなよ!」
 坂田電蔵が大笑いする。
 と、そのとき。
「老中、坂田電蔵!」
 と、大声を上げて、一人の侍が入ってきた。
「あっ、あれは!」
 と邦四郎。
「大岡越前じゃねえか!」
「ここで登場したか」
 輝之真も、ボソッと言った。
「坂田電蔵!」
 と、大岡越前。
「辻屋と結託し、法外な値段でまがい物の反物を売りつけし罪状、すべて上様のお耳に届いておるぞ! 上意である! 神妙にいたせ!」
「お、おい……」
 と邦四郎。
「なんだか知らねえが、大岡越前に、おいしいとこ、持ってかれてるぞ」
「ううむ。コメディだからなあ……」
「こら。いくらコメディたって、オレが主役だぞ?」
「大岡を出せといったのはおまえだぞ」
「そりゃねえよ」
「さあ!」
 と大岡。
「坂田電蔵。神妙に、お縄につけ」
 ところが。
「ふ、ふふふふ。ふはははははは!」
 坂田電蔵が、急に笑いだした。
「そうかそうか。すべてバレたか。もはや、逃げることたがわず。こうなったら、こうなったら……」
 ゴクリとつばを飲み込む一同。
 坂田電蔵は、そんなまわりを見渡してから叫んだ。
「皆殺しじゃー!」
 坂田電蔵は、懐から鉄砲を取り出して、パンパンパンと、辺りかまわず撃ちまくった。
「うわーっ!」
「きゃーっ!」
「どわーっ!」
 舞台(?)は大騒ぎ。というか騒然。大岡越前もオカマの辻屋も、雑魚キャラたちも、みんな逃げ出す。
「お清!」
「邦さん!」
 邦四郎は、とっさにお清をかばった。
「邦さん、あたしのことはいいから、逃げておくれ!」
「バカヤロウ。おめえを置いて、逃げれるわけねえだろ! オレはまだ……」
「まだなんだい?」
「おめえのヌードを見てねえんだよ!」
「あたしの裸?」
「おうよ!」
「それって、夫婦になってくれるってこと?」
「は? いや、そうじゃなくて」
「だって、夫婦じゃなきゃ、裸なんか見せないよ!」
「そりゃそうだけど」
「うれしい! 結婚してくれるんだね!」
「えっと、あれ? なんでこうなるの?」
「邦。もう諦めて、身を固めろ」
「待て、ここでそうなるか?」
「邦! わらわは、どうなるんじゃ!」
「輝之真がいるだろうに!」
「オレに振るな!」
 と言いつつ、輝之真はお琴をかばっていた。
 ポッ。と頬を染めるお琴。
「輝之真。おぬしもいい男じゃのう。もしかして、わらわに惚れたか?」
「お役目です!」
「うそじゃ。惚れたのじゃ。そうに決まってるのじゃ」
「決まってません!」
「わらわは、惚れたのじゃ」
「は?」
 輝之真のこめかみに、ツツーッと冷や汗が伝った。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
 そんなことにかまわず、鉄砲を乱射し続ける、坂田電蔵であった。
「キ印かあいつは!」
「邦。おまえに譲る。切ってこい」
「鉄砲にかなうわけねえだろ!」
「大丈夫だ。主役は死なないことになってる。思い切って行ってこい」
「ホントかよ。オレの葬式で終わるんじゃねえだろうな、この物語は」
「あり得ん話じゃないな」
「こら! おめえだって、もうほとんど主役級じゃねえか! おめえに譲る!」
「いらん、そんなもん!」
「お役目だろ!」
「待て待て」
 輝之真は、懐から大江戸大辞典を取り出した。
「ほれ邦、ここを見てみろ。オレの役職は旗本から選ばれた大目付だろ。老中より位が下だ。つまり、オレは老中に手はだせん」
「おまえって…… こんなときだけ、時代考証するのな」
「事実なんだからしょうがないだろ。ほれ、行け。行ってこい」
「くっそう!」
 邦四郎が立ち上がる。
 パン! と撃たれる。
 邦四郎、すぐにまたしゃがむ。
「撃たれたぞ! 当たったぞ!」
「どこを撃たれたんだ?」
「ここだここ!」
 邦四郎の頬から、血が滴っていた。
「キャーッ! 邦さん!」
 お清の顔から血の気が引く。
「かすり傷だ。そんなんで死にゃしない」
 と輝之真。
「おまえなあ~」
「骨は拾ってやるって」
「拾うな、バカヤロウ! ちくしょう。こなったらヤケだ!」
 邦四郎は、ふたたび立ち上がった。
 パン! と撃たれる。今度こそ、心の臓に命中……
「してたまるかい!」
 キーン。と刀で電蔵の撃った弾を弾き返す邦四郎であった。
「キャーッ、邦さん、カッコイイ! 日本一!」
 お清が黄色い声で叫ぶ。
「おうよ!」
 邦四郎は、ガッツポーズを見せてから、電蔵に切りかかった。
 バシュ!
「ぐわーっ!」
 電蔵は、鉄砲を畳に落とし、眉間からピューッと血しぶきを上げて倒れた。
「決まったぜ」
 と邦四郎。
「よし」
 輝之真も立ち上がった。
「これにて、一件落着!」
「おめえが言うな、おめえが!」
「カッコイイところを主役に譲ってやったんじゃねえか。これくらい言ってもバチは当たらねえだろ」
 輝之真は、カメラ(?)に向かってウィンクしたのであった。


15


 行きつけのそば屋、長寿庵。
「うふふふ」
 お清が邦四郎にべったりくっついて、ニコニコしていた。
「おいおい、お清ちゃん」
 と、そば屋の主人、半兵衛。
「いったい、どうしちまったんだい」
「うふ。だって邦さんがね。やっとその気になってくれたんだよ」
「その気?」
「そう。結婚だよ結婚」
「ありゃ! そうかい。ついに!」
「うるせえな」
 と邦四郎。
「なんだかなあ…… どうにも矛盾を感じるんだがなァ、オレはよう」
「もう邦さんったら。照れちゃって」
 チュッ。と邦の頬にキスをするお清。
「ま、いいか」
 と、まんざらでもない邦四郎であった。
 そのとき。
「ごめんよ」
 と輝之真が入ってきた。
「あっ、輝之真さま!」
 看板娘のお喜美が、タタタと駆け寄る。
「おう、お喜美。今日もカワイイじゃねえか。と、それはまあ、置いといて」
 輝之真は、邦四郎の向かい側に腰を下ろした。
「邦。ずいぶん、幸せそうじゃねえか」
「うふふ。輝之真さま。式には呼びますから、よろしくね」
「ハハハハ。楽しみだよ。ふう……」
「なんだ、なんだタメ息なんかつきやがって」
 と邦四郎が聞く。
「いや、琴姫のことなんだが……」
「バカ殿との縁談、やっぱり進んじまいそうなのか?」
「いや。家重さまとの縁談は破談になった。どっかのバカが、家重さまの頭を殴ったもんだから、一段とおバカに磨きがかかっちまって、琴姫のことなんか、すっかり忘れちまってよ」
「そうかい! そいつは、めでてえじゃねえか。なのに、なんで落ち込んでんだ、おめえは」
「いやそれがな……」
 そのとき。
「輝之真!」
 お琴が、長寿庵になだれ込んでくる。
「ここにおったのじゃ輝之真!」
「わっ、姫! また水戸藩の屋敷から抜けだしてきたのですか!」
「だって、輝之真がいないと寂しいのじゃ! 愛してるのじゃ!」
「まっ!」
 そば屋のお喜美が、輝之真を睨んで、ぷいと店の奥に引っ込む。
「お、おい、待ってくれ、お喜美。こりゃ違うんだ!」
「輝之真~」
 輝之真に抱きつくお琴。
「ほう。どうやら、身を固めるのは、オレだけじゃなさそうだな」
 邦四郎が、ニヤリと笑う。
「よかったねえ」
 とお清。
「これでみんな幸せ。お江戸は今日も事もなしと」
「冗談じゃねえよ!」
 輝之真は、長寿庵を一目散に逃げ出した。
「待て。待つのじゃ、輝之真!」
「ワハハハハ!」
 邦四郎は笑った。
「正義は勝つのだ!」


 老中と悪徳商人、仕組んだカラクリ暴き出し、姫の悩みも晴れ晴れと。天下太平、小春日和の江戸の空。今日もお江戸は大騒ぎ。

 ちゃん、ちゃん。(終わり)




 あとがき

 4000番をゲットした、友人のKUNIのリクエスト小説です。文中にKUNIを思わせるおバカが出てきますが、もしもKUNI本人と混同するような表現がございましたら、それは、著者の優れた筆力のたまものです。

 2000/2/25 (C)TERU