白き魔神

1


 ユーストリア・カーリッシュは、ジープの窓ガラスを下ろして、かけていた黒いサングラスを外した。一瞬、まぶしそうにブルーの瞳をすぼめる。
 ここは、東京の下町、浅草。
 まったく、日本人というのは不思議な民族だ。ユーストリアは、流れ込んでくる風で乱れた、金色の髪を掻き上げながら思った。
 世界に数ヶ国しかない先進国の一つであり、なおかつアメリカにつぐ世界第二位の経済大国。そんな国の、ごく標準的な収入を持つ連中が、こんなマッチ一本で町全体がウエルダンになりそうな木造住宅の密集した町に住んでいるとは。アメリカ人である自分には、理解しがたい感覚だ。沖縄基地に配属になり、日本語も流暢にしゃべれるようになった今でも、そう思う。
「大尉。到着しました」」
 ジープを運転する男が、ブレーキを踏みながらユーストリアに言った。
 ユーストリアは、思考を中断し、現実に戻った。
「よし」
 ユーストリアは、サングラスをはめて外に出た。前を走っていたジープからも、ぞくぞくと、屈強な身体つきをした男たちが降りてくる。
「大尉。どうぞ」
 男の一人が、無線機をユーストリアに渡した。
「ありがとう、クライン中尉。まずは、地域住民の避難だ」
「はい、大尉」
 クライン中尉は、軽く敬礼すると、部下たちに指示を出した。
「一班と二班、となりの家の住民を非難させろ。三班は、ここから半径百メートル以内に人を近づけるな。いいか、訓練を思い出せ。ミスは許さん。行け」
 男たちは、クライン中尉の指示を受けて、音もなく速やかに行動した。それは、高度な軍事訓練を受けてきた兵士にしかできない動きだった。
 五分と待たずに、避難完了の知らせがユーストリアに届く。
「大尉。住民の避難が完了しました」
「よろしい。中尉、四班と五班を展開」
「はっ。専門家はいかがいたしますか?」
「博士はジープで待機」
「了解しました!」
 クライン中尉はユーストリアに敬礼すると、パチンと指を鳴らして、最新式の自動装填式ライフルを肩から下げる兵士たちを指差した。その指を、今度は目の前の家に向ける。すると兵士たちは、音もなく散開し、その住宅を取り囲むと同時に、ライフルを構える。
「ウエリン軍曹」
 と、ユーストリア。
「はっ」
 兵士たちの中でも、ひときわ巨漢の黒人がユーストリアの前で敬礼した。
 ユーストリアは、落ち着いた声で簡潔に言った。
「ドアを破れ」
「はっ」
 ウエリン軍曹は、もう一度敬礼すると、巨大なハンマーをもって、兵士たちが展開する家の前に立った。
 まったく、どこから見てもサザエさんの家と同じような、変哲のない住宅だ。その引き戸のドアには、『高見』と書かれた表札がかかっている。だが、そのすぐ下に、『最先端科学研究所』と書かれているのが、サザエさん宅との最大の相違点であった。


2


「なあ、ジイちゃん」
 高見仁(たかみ じん)は、スパナでボルトを絞めながら言った。
「やっぱりさあ、このデザインはマズイんじゃないか?」
「なんでじゃ?」
 ジイちゃんと呼ばれた男が、得体の知れない機械から顔を上げた。文字どおり、かなりの高齢に見える男だ。名前は、高見源治郎。略してゲン爺。
「なんでって」
 と、仁。
「どう考えても、これはマズイよ。ぜったい、訴えられるって」
「だれに?」
「わかり切ってるじゃないか。アメリカは訴訟社会だぜ」
「そんなこと、おまえが心配するな。それより手を動かせ。サボってると、こづかいやらんぞ」
「どうせまた、一日千円だろ」
「なんじゃ。千円もくれてやれば駄菓子がわんさか買えるじゃろうに」
「なあジイちゃん……」
 仁はタメ息をついた。
「前から聞きたかったんだけどさァ。オレ、いくつになったか知ってるか?」
「知っとるわい」
 ゲン爺は、部屋の掛け時計を見ながら言った。
「ええと、二十五年と三ヶ月と六日と四時間と二十六分じゃな」
「バ、バカに正確だな」
「わしゃ科学者じゃぞ。孫の生まれた時間ぐらい、バッチリ記憶しとるわい」
「そりゃどうも。って、そういうこと言ってるんじゃなくて、二十五にもなった社会人の孫に自分の研究手伝わせて、一日千円はないんじゃないか?」
「人間辛抱じゃ」
「はいはい。いいよべつに。どうせ暇だし」
「情けないのう。二十五にもなって、日曜日に暇なんぞぶっこいとるとは。女の一人や二人、とっとと作らんかい」
「あのなジイちゃん。オレと喧嘩したいわけ?」
「なんでじゃ。わしゃ、なんか間違ったこと言ったか? わしがおまえの年の頃は、一日に三回もデートしたことあるぞ」
「三回? まさか別の女とか?」
「そうじゃ。あとでバレてぶん殴られたがな」
「当たり前だ。それ以前に、自分の発言の間違いに気づいてない」
「だからァ、この天才科学者のどこが間違っとると言うんじゃ」
「オレの休みを奪ってるのはジイちゃんじゃないか。休みのたんびに手伝わされたんじゃ、彼女を作る暇もないよ」
「ふん。女にモテないからって、わしのせいにするな」
「ホント、ジイちゃんって自己中心的だよな。うらやましいよ、その性格」
「分けてやろうか?」
「分けてもらえるもんならね」
「心配するな。とっくのむかしに、おまえにはわしの血が流れとる」
「考えたくもない現実だな」
「おまえこそ、わしにケンカ売ってるじゃろ」
「わかる?」
「だーっ。もういいから手を動かせバカモノ」
 そのとき。
 玄関のほうから、ドーンという轟音が響いた。
「な、なんだ、なんだ! 地震か!」
 仁は、思わず頭を押さえながら叫んだ。
「違う!」
 ゲン爺も叫ぶ。
「これは地震の波動ではないぞ!」
「じゃあ、なんだよ! ガス管でも爆発したのかよ! そうか、わかったぞ。ジイちゃん、またガスの元栓絞めなかったろ」
「わしが悪いんかい!」
「ほかに、なにが考えられる?」
「エイリアンが襲ってきたとか」
「ジイちゃん、科学者だろ。そんなことあり得ると思ってるのか?」
「あるかもしれんじゃないか」
「ないってば」
「そういう思いこみが、科学の発達を妨げるんじゃ」
「よく言うよ。オレの生活妨げといて」
「だからあ、女にモテんのは、わしのセイじゃなかろうに」
 そのとき。
「高尚なお話中に失礼」
 と、女の声がした。ユーストリアだ。日本語でしゃべっている。
 仁とゲン爺は、声の方を振り返る。
 そのとたん。ジャキーン! と、二人にマシンガンが向けられた。それも二十人ぐらいの海兵隊員から、いっせいに。
「あわわわわ!」
 文字どおり泡を食う仁。
「なんだよ、いったい! あんたら、強盗か! いや、うちに盗むモノなんかないな。じゃあ、テロリストだな!」
「恐ろしく都合のいい解釈ね」
 ユーストリアは、一歩前に進みでる。
「あなたがたこそ、国際テロリストと、その一味でしょうに」
「はあ?」
 首をひねる仁。
「ちょっとお姉さん。一味ってオレのことか?」
「ほかにだれがいる」
「じゃあ、テロリストの親玉が、ジイちゃんか?」
「だから、ほかにだれもいないでしょうに」
「おいジイちゃん。あんなこといってるぜ、この姉ちゃん。なんか言ってやれよ」
 しかし。ゲン爺は、眉をひそめて言ったのだった。
「ううむ。まさか、こんなに早くアメリカ軍が動くとはのう。迂闊じゃったわい」
 ギクッとなる仁。
「ちょっと待ってよ、ジイちゃん。まさか、この研究って……」
「うははは。すまん仁。正直に言ったら手伝ってくれんと思って黙っておったが、じつはこれ、究極の破壊兵器だったのじゃーっ」
 仁は、頭を抱えた。
「だったのじゃーっ…… ってあんた。どうして、そんなモン作ってるんだよ」
「え? だっておもしろいじゃん」
「どこが!」
「やだなァ、破壊は男のロマンだぜえ」
「ああ、そうかい」
 仁は、冷ややかな視線をゲン爺に送ると、アメリカ軍の女に頭を下げた。
「失礼しました。どうも、ぼくが間違ってたみたいです。ええと、あなたは、アメリカ軍の兵隊さんなわけですよね?」
「やっと理解したか。わたしは、沖縄基地所属のアメリカ陸軍第三海兵中隊、ユーストリア・カーリッシュ大尉だ」
 ユーストリアが名乗った。
「わォ。大尉ですか。お若いのに優秀ですねえ」
 なぜか、もみ手をしながら媚びへつらう仁。
「それにユーストリアって、いい名前ですねえ。というわけで、誤解も解けましたんで、どうぞ、このクソジジイをCIAだろうが国防総省だろうが刑務所だろうが、どこへでも連れてってください」
「こりゃ、仁! おまえ祖父を売る気か!」
「金なんか、もらってねえだろう!」
「同じことじゃい!」
「なにが破壊は男のロマンだよ! 自業自得だ!」
「わかっとらんなァ。こいつをリビアかイラクに売りゃあ、いい金になるんじゃぞ。おまえのこづかいも、一日二千円にしてやろうと思っておったのに」
「よけい、悪いわい!」
「北朝鮮のほうがいいか?」
「悪いの意味が違う!」
「おまえ、怒りっぽいよ。その年でもう更年期障害か?」
「ジイちゃん。あんた、この期に及んで、よくそういう冗談が言えるな」
「わしって、お茶目よね」
「シャラーップ!」
 ユーストリアが叫んだ。
「いい加減にしなさい二人とも! あんたたちもボケっと見てないで、早くこの二人を拘束しなさい! 頭がおかしくなりそうだわ!」
 兵士たちはキョトンとした。ユーストリアが日本語で叫んでいたからだ。
「アイム、ソーリー」
 ユーストリアは、取り乱したことを恥じるように首を振ると、英語で指示を繰り返した。
「イエス、サー!」
 やっと意味を理解した兵士たちが、仁とゲン爺をふん縛る。
「こりゃ! 年寄りになにをする!」
「こら、ぼくは無関係だ!」
 仁とゲン爺は、それぞれに文句を言ったが、当然無視された。
 ユーストリアは、やれやれと肩をすぼめながら、仁たちが組み立てていた機械に近づく。
「これか?」
 ユーストリアは機械を指差すと、半信半疑と言う顔で、ゲン爺に聞いた。
「そうじゃ。よくできとるじゃろう」
 手錠をかけられたゲン爺が、得意顔で答える。
 ユーストリアは、ふーむ。と唸ったあと、あきれた顔で言う。
「たしかによくできている。これが究極の破壊兵器でなく、フライドチキンの店の前に置いてある人形だとしたらな」
「だから言っただろ」
 やはり手錠をかけられた仁が、ゲン爺に言った。
「ぜったい、フライドチキンの会社から訴えられるって」
「うるさいのう。ちょうどいい型がなかったんじゃ。ちょいと駅前の店から拝借してきただけじゃないか」
「やっぱり盗んできたのかよ、カーネル・サンダース人形!」
 そうなのである。仁たちが組み立てていた究極の破壊兵器とは、カーネル・サンダースだったのだ。
「人聞き気の悪いことを言うな。盗んだとはなんじゃ、盗んだとは」
「じゃあ、どうしたんだよ」
「だからァ。まあその、なんじゃな。盗んできたんじゃ」
 ガクッ。とズッコケる仁。
「もういい。黙れ」
 ピクピクと額に青筋を立てるユーストリア。
「この機械も運び出す。自爆装置のスイッチはどこだ?」
「は? 自爆装置? なんのことじゃ?」
「とぼけるな。あんたのことだから、無理やり台座から下ろすと、自爆する装置をつけてあるんだろ」
「チッ。目ざとい姉ちゃんじゃのう。これだからブスは嫌いじゃ」
「だれがブスだ! だれが!」
 ユーストリアは、思わず叫んでしまった。
「そうだよジイちゃん。ユーストリアさん、美人じゃないか」
「ふん。おまえも女を見る目がないのォ。ちょいと顔は整ってるが、問題は性格じゃよ。こういう性悪女に引っ掛かると、人生苦労するんじゃぞ」
「そうか。ううむ。そんな気がしないでもないな」
「黙れ、黙れ、黙れ!」
 と、ユーストリア。
「あたしのどこが、性格悪いって言うのよ!」
 ユーストリアは叫んだあと、ハッとわれに返る。
「いかん、いかん。どうも、おまえたちと話していると、バカになる」
「だってさ、ジイちゃん」
「自分こそバカのくせに、よく言うのう」
「うるさーい! さっさとスイッチの場所を教えなさい!」
「おー、こわ」
「うん。性格がキツいのだけは間違いないね」
 ユーストリアは、腰からピストルを抜いた。そして、ゲン爺の頭に銃口をあてる。
「あと三秒以内に答えなさい。言っとくけど、スイッチ以外のことをしゃべったら、容赦なく引き金を引くからね」
「へいへい。右のパネルの上から三番目の黄色いスイッチじゃ」
「ホントでしょうね?」
「ホントじゃ」
「もしウソだったら、撃ち殺すからね」
「どうぞ、ご自由に」
 ユーストリアは、部下の兵士に英語で言う。
「専門家をここへ」
「イエス、サー」
 兵士のひとりが、敬礼して部屋を出て行く。
「なんじゃい。専門家がいるなら、最初からそいつに調べさせればいいじゃろうに」
「だから、あんたの言葉がウソだったら、撃ち殺そうと思ってね」
「うはァ、いい性格しとるわ。な、仁。言った通りじゃろ。とんでもねえ女じゃ」
「うん。ジイちゃんに似て、破壊的な性格だね」
「一緒にするな!」
 ユーストリアが叫んだとき、白衣を着た、白髪の科学者が入ってくる。ゲン爺と同じぐらいの老人だ。
「なんじゃ、ジョージじゃねえか。おまえ、アメリカ軍で働いとるのか?」
 ゲン爺が、その科学者に気楽に声をかけた。
「あのなあ」
 と、ジョージ爺さん。日本語だ。
「おめえさんが、変なモン作ってるから、マサチューセッツ工科大学で講義してる最中に、急に呼び出されたんじゃよ」
「そうかい。そりゃ悪いことしたのう」
「ちっとも悪いなんて思ってないくせに」
「うははは。そう言うな。酒でもおごってやるから」
「ヤキトリもつけろよ」
「こら」
 と、ユーストリア。
「博士。無駄話してないで、さっさと、このイカレた機械を調べてください」
「はいはい。どっこらしょっと」
 ジョージ爺さんは、肩をすくめながら、パカンと操作パネルを開いた。
「まったくのう。アメリカ軍は人使いが荒くていかんわ。わしゃ、今年七十八じゃぞ。着替える暇もなく飛行機に押し込められたんじゃ、身が持たんわい」
 ジョージ爺さんは、ぶつぶつ言いながら、配線を調べ始めた。
「ジイちゃん」
 仁が小声でゲン爺に聞いた。
「あの科学者と知り合いなのか?」
「ジョージか? あいつとは若いころプリンストン大学で一緒だったんじゃ。頭の悪いヤツでのう。ノーベル賞もらったのが、いまでも信じられんわい」
「ノ、ノーベル賞!」
 ユーストリアが、ギロリと仁を睨む。
 仁は、あわてて口を結んだ。
「うーむ」
 と、ノーベル賞科学者のジョージ爺さんがうなる。
「こりゃまた、ひねくれた回路じゃのう。源治郎の性格そのものじゃな」
「うるさいわい」
「A3回路の接続はメインバスでいいのかい?」
「だれが、教えるかバカタレ」
「のう、源治郎。時間は節約した方がいいぞい。さっさと酒を飲みに行こう」
「よく言うわい、アメリカ政府の犬が。むかし、フェルマーの第三定理の証明方法を教えてやった恩を忘れたか」
「忘れるもんかい。あれには感謝してる。源治郎がデタラメを教えてくれたおかげで、キッチリ試験に落ちたんじゃからな」
「うははは。騙される方が悪いんじゃ。だいたい、あの当時、フェルマーの第三定理が証明されとるわけがないじゃろうに」
「源治郎のことだから、自分で証明したと思ったんじゃ」
「うははは。わしゃ天才じゃからな」
 ユーストリアが無言で、ピストルの引き金に指をかけた。
「わかった、わかった!」
 と、ゲン爺。
「そうじゃよ。A3回路がメインバスに繋がってるんじゃ!」
「やっぱり」
 と、ジョージ爺さん。
「ふつうは、絶対に繋げんよな。だから、そうだと思ったんじゃよ」
「ふん。わしゃ天才なんじゃ。ふつうのことなんかするかい」
「で」
 と、ユーストリアがイラついた声を出す。
「博士。けっきょく、この黄色いスイッチが自爆装置の解除なのか?」
「そうですなあ」
 ジョージ爺さんは、操作パネルを閉じながら、のんびり答える。
「まあ、たぶん間違いないでしょうなあ」
「たぶん?」
「もそっと正確に言いますか?」
「ぜひ」
「これが、自爆装置の解除スイッチである可能性は、限りなく百パーセントに近い確率でしょうな」
「つまり、百パーセントではないと?」
「科学に百パーセントはありませんぞ、大尉。かのアインシュタインの一般相対性理論でさえ、いまだ百パーセント正しいとは認められておりませんからな」
「はいはい、わかりましたよ」
 ユーストリアは、肩をすぼめた。
「とにかく、このスイッチを押せば、爆発しない可能性が高いわけですね」
「そういうことですな」
「ふん」
 ユーストリアは、ゲン爺に鼻を鳴らす。
「命拾いしたな」
「バーカ。ウソを教えたら、わしと仁も自爆の巻き添えになるだけじゃ。だからウソを言うわけないじゃろ。そんなこともわからんのか」
「ま、それもそうじゃな。調べるまでもなかったかのう」
 ジョージ爺さんも同意した。
 このジジイどもめ…… ユーストリアは、引き金を引きたい衝動を押さえながら、黄色いスイッチを押す。
 すると。
 カーネル・サンダースの首が、ギギギと回り、ユーストリアの方を向いた。
「あーあ。押しちゃったのう」
 ゲン爺が、ニヤリと笑う。
 ユーストリアは、ピストルをゲン爺に向ける。
「きさま! いったい、なにをした!」
「べつに、なにも」
 ゲン爺が肩をすくめたとき。カーネル・サンダースの黒縁メガネの下の目が、ピカッと赤く光る。
「な、なんだ!」
 ユーストリアは、あわてて身を伏せる。
 間。
 だが、べつになにも起こらなかった。
「なによ、いまのは、なんなのよ!」
 ユーストリアは、気を取り直して立ち上がる。
 そのとき。カーネル・サンダースの口が開いた。
『ターゲットをロックオンしたぞい。破壊するかのォ』
 合成音声。カーネル・サンダースだから、妙にジジイくさい口調だが……
「ええと、ユースなんとかいう姉ちゃん」
 と、ゲン爺。
「悪いこと言わんから、早く逃げた方がいいぞ」
「どういうことだ!」
「簡単に説明すると、このカーネル・サンダースくんは、あんたを破壊目標として記憶したんじゃ」
「なんですって!」
「つまり、あんたを破壊するまで、地獄のそこまで追い掛けるって寸法じゃよ」
「冗談じゃないわ!」
 とたん、カーネル・サンダースの目から、ユーストリアに向かって青白いビームが発せられた。
「うわっ!」
 すんでのところでよけるユーストリア。
 ユーストリアに当たらなかったビームは、部屋の壁を、まるで豆腐でも切るかのように、簡単に切断していく。
「撃て!」
 ユーストリアは、マシンガンを構える兵士たちに叫んだ。もちろん英語で。説明がめんどくさいので、英語とか日本語とかの説明は、以後省略。
 兵士たちは、いっせいにカーネル・サンダースに向かってマシンガンをぶっぱなす。その連射は一分以上続いた。
「うひい」
 と、仁。
「耳が、耳が痛い」
「わしもじゃ」
 手錠をかけられているので、仁とゲン爺は、耳を塞げないのであった。
 やっと、マシンガンの連射が終わる。
「はあ…… まだ耳鳴りがするよジイちゃん」
「そういうときは、つばを飲み込むんじゃ」
「それって、違うってば」
「そうじゃったか?」
 などと、おバカな会話をしているうちに、マシンガンの連射で、もうもうと立ちこめていた煙が消えていった。
「まったく、余計な手間をかけさせて」
 ユーストリアが、ゲン爺を睨む。
「証拠を隠滅したかったんでしょうけどね。こういうやり方は、裁判で相当不利になることを覚悟しておきなさい」
「証拠の隠滅じゃと?」
 ゲン爺は、キョトンとした。
「なにを言っとるんじゃ、あんた。わしゃ、そんなつもり、これっぽっちもないわい」
「いまさら、なにを言っても無駄よ」
「ホントじゃって。だって、この程度の攻撃で、わしの究極破壊兵器が壊れるわけがないんじゃ」
 その通りであった。
 ギギギ。と音がしたかと思うと、かすり傷ひとつ付いていないカーネル・サンダースが、台座から立ち上がった。
『ターゲットを破壊するぞい。ターゲットを破壊するぞい』
 相変わらず、ジジイ口調の合成音声。
「おお。さすが源治郎。いい仕事してるのう」
 と、ジョージ爺さん。
「当たり前じゃ。わしゃ天才じゃからな」
「バカーッ!」
 ユーストリアが叫ぶ。
「博士! あんたノーベル賞とった科学者でしょう! なんとかしなさいよ!」
「そうですなあ」
 ジョージ爺さんは、のんびりゲン爺に聞いた。
「あのカーネル・サンダースの耐久性はどのくらいなんじゃ?」
「そうさのう」
 ゲン爺も、のんびり答える。
「ざっと、広島型原爆の一万個ぐらいかのう」
「うはァ、そりゃまた、大したもんじゃな」
「うむ。特殊合金の外装に苦労したんじゃよ」
「だから!」
 と、ユーストリア。
「どうすれば、いいんですか、博士!」
「どうするって、大尉。原爆一万個分ですぞ。破壊は不可能ですな。アメリカ大統領が、日本のこの場所に、水爆を百個も打ち込む覚悟があれば、話は別ですが」
 ギギギ。
 カーネル・サンダースが動き出した。
『破壊するぞい。破壊するぞい』
 ビーッ。と、目からビームが飛び出す。
「うわっ!」
 ユーストリアは、とっさによける。
 壁が切り裂かれる。
「こりゃ。おまえさんが避けると、うちが壊れるじゃないか」
「だったら、機械を止めなさい!」
「無理じゃ。一度動き出したら、もうだれにも止められん。ターゲットを破壊しない限りはな」
「やっぱりのう」
 と、ジョージ爺さん。
「そういうところ、源治郎の作った機械らしいわい」
「こりゃジョージ。そう誉めるな」
「ちょっと!」
 ユーストリアが、ジョージ爺さんの胸倉をつかみながら叫んだ。
「破壊も、停止もできないなら、わたしは、どうしたらいいんですか!」
「どうするって、大尉」
 ジョージ爺さんは、白髪の頭をポリポリと掻く。
「三十六計逃げるにしかずって言葉を知らんのですかな?」


3


 ガガガガガ。
 海兵隊員が、追ってくるカーネル・サンダースに向かって、懸命にマシンガンで応戦していた。
「大尉、こちらです、早く!」
 ユーストリアは、部下に守られながら、ジープに乗り込んだ。
「とにかく、横田基地まで退避します」
 ジープを運転する兵士はそう言って、アクセルを思いっきり踏み込む。
「くっそう。なんで、あたしがこんな目に会わなきゃならないのよ」
 ユーストリアは、走り出したジープの中から、まだゲン爺の家でカーネル・サンダースと戦っている部下に無線連絡する。
「クライン中尉」
『はい、大尉』
「あたしがいなくなれば、カーネル・サンダースは攻撃してこない。無駄な戦闘で市民に被害を出すな。速やかに撤収しなさい」
『わかっています。ですが……』
「なんだ?」
『そのカーネル・サンダースが、いないのです』
「は?」
『大尉がジープで避難されたとたん、消えたんです』
「消えただと?」
 ジープが、浅草の駅前に出たとたんであった。
 ドカン。と音がしたかと思うと、ジープの天井が、ボコッとへこむ。
「ターミネーターか、こいつは!」
 ユーストリアが、叫び終わらぬうちに、ビーッとビームが発せられ、ジープが真っ二つに切断されていく。
「止めろ!」
「言われなくても、止めますよ!」
 運転手の兵士は、思いっきりブレーキを踏んだ。その反動で天井にいたカーネル・サンダースが、ごろんと前に転げ落ちる。ちょうど交差点だったので、右折してきた車がカーネル・サンダースにドカンとぶつかった。だが、大破したのはもちろん車の方であった。
『破壊するぞい。破壊するぞい』
 カーネル・サンダースは、何事もなかったように立ち上がる。
 ぞぞぞっ。ユーストリアの背筋に冷や汗が流れた。
「逃げてください、大尉!」
 運転手はジープから飛び降りて、カーネル・サンダースにピストルを連射。だがビクともしないカーネル・サンダースは、その運転手の胸ぐらをつかむ。
「うわーっ!」
「デュークス!」
 カーネル・サンダースは、運転手を軽々と放り投げた。兵士は道端に置いてあるヤクルトおばさんのワゴンに落ちた。カーネル・サンダースは、ユーストリアに向き直る。どうやら、彼女以外には興味がないようだった。
 ユーストリアは、とっさにピストルを抜き、カーネル・サンダースの顔面に一発撃ちう込む。キーン。といい音がして、ピストルの弾がはじかれる。
「くそっ!」
 カーネル・サンダースの目からビーム。
 だが、ユーストリアだって海兵隊の大尉になったのはダテじゃない。抜群の反射神経でビームをよける。
 ビームは、そのまま直進し、道を走っていたタンクローリーを切断。
 ドカーン! 大爆発。炎上。浅草の駅前は地獄絵図と化した。
 轟々と燃え盛るガソリンの炎をバックに、カーネル・サンダースは、爺さん口調の合成音声で言った。
『破壊するぞい。破壊するぞい』
「い、いやーっ!」
 さすがのユーストリアも、ついに女らしい悲鳴を上げて逃げ出した。


4


「どーすんだよ、ジイちゃん!」
 仁が、めちゃくちゃに破壊された部屋の中で、ゲン爺に詰め寄っていた。
「どうするって、おめえ。取りあえず掃除しなきゃしょうがないじゃろ」
「そういう意味じゃない! ユーストリアさんを、どうするのかって聞いたんだよ!」
「どうするって、おめえ」
 ゲン爺は、めんどくさそうに答える。
「いくら海兵隊の大尉だからって、あと三十分も逃げ回ってはおれんじゃろ」
「だから?」
「いや、だから、カーネル・サンダースに破壊されて終わり」
「その破壊ってのは、つまり、殺されるってことだよな」
「うむ。そうとも言うな」
「それって、殺人じゃないか!」
「バカモン。相手は軍人じゃぞ。戦死と言うんじゃ」
「ジイちゃん!」
 仁は、ゲン爺の胸ぐらをつかんだ。
「あんたには、良心ってもんがないのかよ!」
「当たり前じゃ。両親は、とっくのむかしに死んどる」
「リョウシン違いだ!」
「わーかっとるわい。耳元で騒ぐな」
「なんとかしろよ! ジイちゃんは天才なんだろ!」
「そう言われても困ったのう。カーネル・サンダースは、わしの自信作じゃからな。わしにだって、壊せんわい」
「こりゃ、源治郎」
 ジョージ爺さんが言った。
「なにを、とぼけておるんじゃ。お主のことだから、対抗手段を用意しておるに決まっておろうが」
「ほう。なんで、そう思うんじゃ?」
「どうせ、カーネル・サンダースを、どっかの国に売り飛ばしたあと、その対抗手段を、敵対する国に売って一儲けするつもりだったんじゃないのかい」
「うははは。ジョージにゃ、お見通しってか」
「わははは。当たり前じゃ。おまえさんとは、五十年らいの付き合いじゃぞ」
 ゲン爺とジョージ爺さんは、同窓会で再会した友人のように楽しげに笑い合った。
「なんかオレ」
 と、仁が、弱々しい声を出した。
「ジイちゃんと血が繋がってるのを、マジで神様に呪いたくなってきたよ」
「だったら、悪魔に拝んだらいいじゃろ」
「ジイちゃん。これ以上、くだらない冗談を言ってると、マジで怒るぞ。対抗手段があるなら、ユーストリアさんが殺される前に、とっとと使えよ」
「なんじゃ仁。おまえさっきからユーストリア、ユーストリアって。まさかあの女に惚れたのか?」
 ボカッ。
 仁が、ゲン爺の頭を殴った。
「な、なにすんだよォ」
 頭を抱えるゲン爺。
「いいかげんにしろ! オレは殺人者の孫になりたかねえんだよ!」
「痛てえなあ。本気で殴るんだもんなあ。ふつう殴るか? 自分の祖父を」
「ふうむ。源治郎の孫にしては、マトモじゃのう。感心感心」
 ジョージ爺さんは、腕を組んで、うんうんとうなずいていた。
「あんたも落ち着いてる場合ですか! 仲間が殺されるかもしれないんですよ!」
「こりゃ。仁くん。誤解しちゃいかんぞ。べつに、兵隊なんか仲間じゃないわい。だいたいあいつら、科学者をなんだと思っとるんじゃ。マンハッタン計画じゃ、原爆なんぞ作らされるし」
「いつの話ですか。というか、原爆はダメで、ジイちゃんの作ったカーネル・サンダースじゃなくて、破壊兵器はいいんですか?」
「ふむ。それはもっともじゃな。若いのに、なかなか弁が立つわい」
「うははは。わしの孫じゃからな。血筋がいいんじゃ」
「わははは。変人の家系じゃな」
「うははは。そう誉めるな」
「わははは。誉めておらんわい」
 ポカ! ポカ!
 仁は、ゲン爺とジョージ爺さんの頭を殴った。
「いいから、早くなんとかしろ!」


5


「みなさん、この光景をご覧ください!」
 アナウンサーがテレビカメラの前で絶叫していた。
「これは、どこかの国の戦場ではありません。この平和な日本の、浅草の駅前です! 自分の目で見ても、とても信じられない話ですが、突然現れたカーネル・サンダースが、浅草の街を破壊しているのです! あのカーネル・サンダースがです! ニワトリの唐揚げを売っているだけでは満足できなかったのでしょうか! 人間も唐揚げにしようというのでしょうか! まさに魔神! 白き魔神です!」
 興奮したアナウンサーの言葉は、ところどころ意味不明ではあったが、浅草の現状を伝えるには十分であった。
「みなさん、浅草はどうなってしまうのでしょうか! このままカーネル・サンダースに破壊尽くされるのでしょうか!」
 ドカッ。
 突然、アナウンサーが突き飛ばされた。
「邪魔よ!」
 突き飛ばしたのはユーストリアであった。そのまま、金髪を振り乱して走り去る。
「な、なんだよ、あの女」
 アナウンサーが立ち上がろうとしたとき。
 ビーッ。と、ビームが飛んで来て、テレビカメラが真っ二つに切断された。
『破壊じゃ。破壊じゃ』
 合成音声でしゃべりながら、カーネル・サンダースがアナウンサーの前を歩いていく。
「あわわわ……」
 アナウンサーは、そのまま腰を抜かした。


6


 ダメだ。
 ユーストリアは、全力疾走しながら考えていた。
 このまま繁華街を逃げ回っていたら、関係ない市民を巻き添えにしてしまう。それにしても、シュワルツネッガーに追われるならまだしも、なんでカーネル・サンダースなのよ。バカにすんじゃないわよ。
 じゃなくって!
 この東京で、人がいない場所なんてどこにあるっていうの? ここから走っていける場所なんて……
 そうだわ! 公園! そうよ、たしか銀座のほうに、ええと…… 思い出した。日比谷公園があるはずだわ。あそこまで逃げれば市民を巻き添えにしなくてすむ。
 待って。
 市民が巻き添えにならないのはいいけど、広々とした公園なんかじゃ、あたしが隠れる場所がないじゃない。カーネル・サンダースに殺されちゃう……
 いやーっ! それだけは絶対にイヤ! どーしたらいいのよ!


7


「人体強化手術?」
 仁は、ゲン爺に聞き返した。
「そうじゃ」
 と、ゲン爺。
「身体をアンドロイド化して、究極の兵士を作り出す手術じゃ」
「それってさあ、仮面ライダーみたいなもんか?」
「おお! さすがわしの孫じゃ。的確な表現じゃな」
「ショッカーか、あんた!」
「うははは。悪の秘密結社ってのがイイよな。地球征服を目的にしてるわりには、襲うのは幼稚園のバスばっかじゃが」
「おーい、源治郎」
 と、ジョージ爺さんが、ゲン爺を呼ぶ。
「カプセルの準備はできたぞい。早く仁くんを連れてこんかい」
「おう。さすがジョージじゃのう。設計図を見ただけで、もう使い方を理解しおったか」
「ちょっと待て」
 と、仁。
「なんで、オレが呼ばれるわけ?」
「改造されるのが、おまえだからじゃ」
「なんで、オレなんだよ!」
「文句が多いのう。じゃあなにか、八十近いジジイを改造するっていうのか? 仮面ライダーが入れ歯だったらサマにならんじゃろうに」
「そうじゃなくて、アメリカ軍の兵士を連れてくればいいだろ!」
「そんな時間はないわい。ユーストリアを救いたいんじゃろ、おまえは」
「そ、そうだけど…… 大丈夫なのかよ」
「天才の祖父を信じろ」
「一番、信用できん」
「可愛くない孫じゃのう。ちゃんと、あそこは使えるようにしといてやるから心配すんな」
「あそこって?」
「うははは。とぼけおって。ユーストリアを助けて、そのままラブホテルにでも連れ込むつもりのくせに」
「あのな、ジイちゃん……」
「こりゃ、待て。わかった。わかったから、もう殴るな!」
「ちゃんと、もとの身体に戻るんだろうな!」
「心配すんな。切り取った身体は、ちゃんとホルマリンに漬けて保存しとくから」
「ホ、ホルマリン?」
「そうじゃ。いつでも鑑賞できるぞ。むかしの身体を懐かしめるのう。ほら、あれがぼくの腕だったんだよ。なーんて」
「ジジイ……」
「じょーだんじゃ。冷凍保存しとくから大丈夫じゃ。ユーストリアを助けたら、再生手術で元どおりにしてやるよ。縫い目もわからんようにな」
「本当かよォ」
「情けない声出すな。さっさと服を脱がんか。手術ができんじゃろうに」
「ひえええっ」


8


 そのころ。首相官邸。
「あれは、いったい何者ですか!」
 記者が記者会見に臨んだ青本官房長官に詰め寄っていた。
「え~」
 と、官房長官。
「ただいま、政府といたしまして、全力を上げて調査中であります」
「テロリストの可能性は?」
「現在、調査中であります」
「なぜ。カーネル・サンダースなんですか!」
「その件につきましても、公安委員会の調査結果を待っているところであります」
「被害はどのくらいですか!」
「現在調査中でありますが、浅草は壊滅状態にあると聞き及んでおります。また、カーネル・サンダースが銀座方面に移動しておりまして、彼の通ったあとは、焦土と化しております」
「被害者の救済はどうなさるおつもりですか!」
「政府といたしましては、被害に合われた方々に、出来うるかぎりのご支援をいたしたいと思っております」
「それより、カーネル・サンダースをどうするおつもりですか! まだ、暴れ回ってるんですよ、あのジイさんは!」
「警察だけでは、カーネル・サンダースを排除することが難しいと判断し、自衛隊の出動を検討しております」
「それはいつですか?」
「え~、大森総理が適切な時期にご判断されることと思いますが、現在、いついつと申し上げる段階ではございません」
「政府の危機管理能力の甘さを指摘する声が上がっていますが、その件に関してはいかがですか」
「日本政府といたしましては、あらゆる災害を想定して、危機管理に努めてまいったわけですが……」
 官房長官は、ハンカチを出して、額の汗をぬぐった。
「大変遺憾ながら、カーネル・サンダースが暴れ回る事態までは想定しておりませんでした」
 さすがに意地の悪い政治記者も、官房長官の言葉を真実だと思った。だれがカーネル・サンダースが暴れ回る事態を想像できただろう。
 それはともかく。今回もまた、日本政府が頼りにならないのに変わりはなかった。


9


 ガコーン。と、カプセルのフタが開いた。
「気分はどうじゃ仁」
 ゲン爺がカプセルをのぞき込み、中にいる仁に聞く。
「最悪」
 と、仁。
「なんでじゃ。手術はバッチリ成功じゃぞ」
「だから最悪だって言うの。なんでオレが機械人間にならなきゃいけないんだよ」
「まだ文句言っとるのか。わが孫ながら情けないのう」
「あんたの責任だろ!」
「こりゃ」
 と、ジョージ爺さん。
「内輪でもめとる場合じゃないぞい。早く大尉を助けにいかんと」
「そうだった」
 仁は、カプセルからあわてて起き上がった。
 とたん。
「うわっ!」
 まるで、なにかに弾かれたように、カプセルから飛び出し、そのまま壁に激突。
「アホ」
 ゲン爺はあきれた顔で言った。
「おまえは、いまや強化人間じゃぞ。力のコントロールをせんか」
「痛てえ……」
 鼻をさする仁。
「なんで強化人間なのに鼻が痛いんだ?」
「頭は人間のままじゃ」
「そうなの?」
「当たり前じゃ。頭まで交換したら、おまえロボットじゃぞ。そうなりたいなら、もう一回手術してやるが?」
「けっこうです!」
「うむ。わしもロボットの孫は欲しくないわい。じつは、機械部分より生体部分のほうが多いのじゃ」
「生体部分?」
「そう。おまえの元々の身体のことじゃ。足と腕の一部が機械になったにすぎん」
「それはそれでうれしいけど、カーネル・サンダースに勝てるのかよ、その程度で」
「勝てん」
 ガクッ。ズッコケる仁。
「意味ねえじゃん!」
「ふふふ」
 ゲン爺は不敵な笑みを浮かべる。。
「そのために、秘密の機能があるんじゃよ。その身体には」


10


『破壊じゃ。破壊なのじゃ』
 カーネル・サンダースは、ついにユーストリアを追い詰めていた。
 もうダメだ。
 ユーストリアは、全身から汗を吹き出し、息もすっかり上がっていた。もう走れない。いや、歩く体力さえない。日本橋の高島屋まで殺されずに逃げてきたことが奇跡なのだ。
 ああ、お母さん。ごめんなさい。お母さんの言うとおり、軍隊なんかに入るんじゃなかった。だってまさか、デパートの前で、カーネル・サンダースに殺されるなんて思わなかったのよ……
 カーネル・サンダースの目が、ピカッと光った。
 その瞬間。
 ユーストリアは、自分の体が宙に浮いたのに気づいた。
「え?」
 一瞬、わけがわからず、ユーストリアはあたりを見渡す。
「な、なによこれ!」
 彼女は、だれかに抱かれて、ジャンプしていたのだ。それも尋常な高さではない。あっという間に高島屋の屋上に到着する。
「よかった。なんとか間に合った」
 ユーストリアを抱いていた物体がボソッと言った。そう。まさに物体だった。形こそ人間だが、全身が銀色と青色でペインとされており、限りなくペプシマンを連想する物体。
 カーネル・サンダースだけでも頭が痛いのに、今度はペプシマンだ。ユーストリアは、混乱を通り越して、思考停止状態。
「大丈夫? 怪我はない?」
 ペプシマンがユーストリアに聞いた。
 そのとき。
 ゴゴゴゴ。と地鳴りのような音をあげながら、カーネル・サンダースが鉄腕アトムのように、足の底からジェットを噴出して飛んで来た。
「うわ、あんな機能もあるのか!」
 と、ペプシマン。
「ね、ねえ。そう言うあんたこそ、だれよ?」
 ユーストリアがペプシマンに聞く。
「話はあとだ。きみは、下がっていて!」
「え、ええ……」
 ユーストリアは、うなずいて屋上の入り口の方へ走った。なんだか知らないが、カーネル・サンダースの相手をペプシマンがしてくれるんなら、それでいい。
 ゴゴゴゴ。カーネル・サンダースが、屋上に着地する。と、同時に、ユーストリアに向かってビームを発射。
「させるか!」
 ペプシマンは、とっさにカーネル・サンダースの前に立ちふさがってビームを遮る。
「あちちちっ!」
 胸を焼かれるペプシマン。
「なんだよ、なんで熱いんだよ!」
 ペプシマンは、叫びながら手に持っていた小さなノートを開く。その表紙には『強化人間取り扱い説明書』と書かれていた。
「まいったなあ…… 時間がなくって機能の説明を聞いてる暇がなかったんだよなあ」
 ぶつぶつ。と、ペプシマン。
「ええと、バリアの耐久性能のページは…… あった。五十三ページ」

『カーネル・サンダースのビームは、厚さ五メートルのチタン合金さえも貫通します。強化人間の外装バリアでも、ビームを浴びている時間は三秒が限界です。火傷にご注意ください』

「安普請だなァ…… なんか武器はないのか? ええと、六十二ページ」

『強化人間は、まだ試作品です。飛び道具等の武器はご用意していません。肉弾戦にて戦ってください』

「試作品ってなんだよ、試作品って…… って、文句を言ってる場合じゃないか」
 ペプシマンこと高見仁は、ノートを閉じた。とにかくカーネル・サンダースを捕まえようと、じりじりと距離を詰める。
 そのとき。
 カーネル・サンダースが腕を持ちあげた。
 仁は、とっさに構える。
 そのとたん。
 ボン!
 カーネル・サンダースの腕が、ロケットのように飛んで来て、仁の顔面にストレートパンチをお見舞いした。
「ぐわっ!」
 ぶっ倒れる、仁。
 ロケットパンチの腕は、ブーメランのように戻ってきて、カーネル・サンダースの腕にすっぽりと収まる。
「反則だーっ! なんで向こうには、ロケットパンチまであるんだよ! 殺してやる。カーネル・サンダースを壊したら、ジイちゃんをぜったい殺す!」
 などと、無駄口叩いてる暇はない。カーネル・サンダースが、ユーストリアに迫っている。
「くそっ」
 仁は、あわてて立ち上がり、カーネル・サンダースの背中にタックルをかました。だが、でっぷり太ったカーネル・サンダースは、ビクともしない。
「こなくそーっ!」
 仁は、渾身の力を振り絞って、カーネル・サンダースを持ち上げた。そのまま、エビ反りの体勢で、カーネル・サンダースを脳天から地面に叩きつける。
 ドーン!
 カーネル・サンダースは、ついに倒れた。
「うわ…… すごい」
 ユーストリアは、カーネル・サンダースが倒されたので、思わず息をのんだ。あいつ、イカレタ格好だけど、意外とマトモかも。と、ユーストリアは、理性に反して、ペプシマンに期待をしてしまう。
 仁は、ユーストリアに期待されてるなんてつゆ知らず、カーネル・サンダースをなんとかするので頭が一杯だった。
 仁は、脳天から落とされて、一瞬動きの止まったカーネル・サンダースの足をとる。コブラツイストの体勢だ。この技をかけられてギブアップしないレスラーはいない。
 ところが……
 仁が、カーネル・サンダースにコブラツイストをかけようとした瞬間。シュルシュルと銀色のコスチュームが消えて、二十五歳、中肉中背、入院歴ナシの、高見仁に戻ってしまった。ちなみに、素っ裸の。
「うわーっ、なんだ、なんだ!」
 パニック状態の仁。そのとき、持っていたノートが落ちて、最後のページが開いた。

『ご注意。外装バリア(変身)の有効時間は三分間です。なお、本製品は試作品ですので、二回目の変身はできません。充電器の完成をお待ちください』

「ジイちゃんのバカヤローッ!」
 仁の叫び声が、高島屋の屋上にこだました。


11


「ありゃ。こりゃイカン。変身の前に服を着せてやるのを忘れておったわい」
 ゲン爺の研究室で、モニターを見つめるジョージ爺さんがつぶやいた。モニターには、仁たちが映っている。どこにカメラがあるんだって疑問が浮かぶが、高見源治郎は天才だから、きっとわれわれには理解できないテクノロジーなのだろう。
「うははは。こりゃ愉快じゃ」
「こりゃ源治郎。お主の孫が困っておるんだぞ。なんとかしてやらんと」
「なあに、あれでもわしの孫じゃ。それなりになんとかするじゃろ」
「それなりねえ…… だいたい、カーネル・サンダースはいつまで動くんじゃ?」
「だから、目標を破壊するまでじゃ」
「そうじゃなくって、電力だよ電力。いつか停まるだろ?」
「カーネル・サンダースの電力は、超小型核融合炉じゃぞ。水を一リットル入れただけで、百年は動くわい。ちなみに十リットル入っとるから、千年は動くな」
「核融合はまだ実用化されとらんが、それを作っちまっただけでなく、超小型にして搭載してあるんかい?」
「そうじゃ」
「源治郎。その技術だけで、お主の子孫が二、三代は一生遊んでくらせる大金が手に入るぞ」
「ん? そうか。そりゃ気づかなんだ」
「わははは。源治郎らしいよ」
「うははは。誉めるな」
「わははは。誉めとらんわ」
「などと、アバンギャルドな会話をエンジョイしてる場合じゃないぞ。ジョージ。ホワイトハウスの電話番号は何番じゃったっけ?」
「そういうことは、すぐ忘れるんじゃな。**ー****ー****じゃよ」
「なんじゃ、その***は?」
「こりゃ。高尚な小説技術にケチをつけるんじゃない」
「うははは。冗談じゃ。ええと、ピポパと」
 ゲン爺は、ホワイトハウスの電話番号を押した。
 トウルルルルル…… ガチャッ。
『はい、こちら長寿庵です』
「すいませーん。ざるそば一つお願いします。って、ちがーう!」
 ゲン爺は、受話器をガチャンと置いた。
「ジョージ! おまえんとこの大統領は、そば屋でアルバイトでもしとるんかい!」
「わははは。なんかわしもジョークをやってみたくなったのじゃ」
「うははは。なんか気持ちはわかるが、とっとと、下半身無節操男の電話番号を教えんかい」
「うむ。***ー***ー***じゃ」
「本当じゃろうな」
「二度もお茶目な冗談はやらんよ」
「よっしゃ、ピポパと」
 ゲン爺は、番号を押す。
 トウルルルルル…… ガチャッ。
 回線が繋がると同時に、モニターにアメリカ合衆国大統領が映った。
「どうも。お待たせしました大統領」
 ジョージ爺さんが、大統領に言う。
『プロフェッサー・ガーシュイン。実験の進行状況はいかがですかな?』
 ガーシュインとは、ジョージ爺さんのファミリーネームだ。
「まあ、上々と言ったところですかね。ドクター・タカミの開発した兵器は、恐るべき破壊力と想像を絶する耐久力を持っております」
『そのようですね。国防総省が泡を食ってますよ。さすがはドクター・タカミ。自ら天才と称するだけはある』
「ども」
 と、ゲン爺さん。
「実際、天才ですから致し方ありませんな」
『ハハハ。まったくです』
「しっかし、あんたもゲスですなあ。自分とこの兵隊を実験に使うなんて。あの海兵隊の大尉は、ずいぶん優秀そうじゃが、下手をすればカーネル・サンダースに殺されますぞ」
『進歩には犠牲がつきものでしょう。それに、核兵器の実験で何千人もの兵士や民間人が被爆した時代より、はるかにマシだと思いますがね』
「物は言いようですな」
『なんとでも。これがアメリカのやり方です。では、引き続き実験データの収集をよろしく。そして、くれぐれも申し上げておきますが、この実験は、ごく一部の高官しか知りませんので、秘密保持には万全のご注意を』
「わかってるわい。それより、ホントに、CIAとペンタゴンのブラックリストから、わしを外してくれるんでしょうな?」
『アメリカ大統領が約束をしたからには守りますよ。では失礼』
 大統領は電話を切った。
「ああ、やだやだ。大人の世界は嫌いじゃよ。ジョージも、よくあんなゲス野郎の下で働いとるのう」
「そう言うな源治郎。わしらの研究は紙一重なんじゃ。政府の命令なら、原爆を作っても許されるが、それ以外は、モデルガンを改造しただけで逮捕される」
「ふん。わしゃ自由人なんじゃ。政治なんぞに興味はないわい」
「だから、犯罪者のレッテルを貼られるんじゃよ」
「イヤな時代じゃのう」
「まあな。じゃが、刑務所に入るには年をとりすぎじゃ」
「うははは。むかしはよく、二人で別荘に入ったもんじゃったな」
「わははは。わしゃ、面会に行っただけじゃバカタレ」
「あれ? そうじゃったか?」
「いやまあ、脱走の手伝いもしたがね」
「うははは。そうじゃった。お主も悪よのう」
「わははは。お主に言われたくないわい。って、思い出にひたってる場合じゃないぞ源治郎。いまは仁くんのバックアップじゃ。なんとか彼にがんばってもらって、大尉を守ってもらわんと」
「そうじゃな。アメリカ政府の極秘実験で、きれいな姉ちゃんが、この世から一人いなくなるのは我慢できん」
「われわれに出来る、唯一、精一杯の抵抗じゃな。そうと決まれば、早いとこ充電器を作ってやらねば」
「そうじゃな。武器も作ってやるか」
「そう言えば源治郎。仁くんとユーストリアは、似合いだと思わんかね?」
「どうかのう。仁は奥手なとこあるからのう」
「いい機会じゃ。そっちの方もめんどう見てやるとするかね」
「うははは。老婆心ってヤツじゃな」
「わははは。うまいこと言うのう」
 ゲン爺さんと、ジョージ爺さんは、笑い合った。


12


「ジイちゃんのバカ野郎!」
 仁は、両手で股間にぶら下がるモノを隠しながら叫んでいた。
『破壊じゃ。破壊なのじゃ』
 ペプシマンだった仁に、倒された(いや、転ばされた)カーネル・サンダースが立ち上がろうとしている。
「くそっ、文句言ってる暇もない!」
 仁は、力尽きて、ペタンと腰を落としているユーストリアの手を取った。
「逃げるぞ!」
「ま、待ってよ、あたしもう、立てない」
「それでも海兵隊かよ!」
「何キロも全力疾走で逃げてきたのよ! オリンピック選手だってバテるわよ!」
 ギギギ。
『破壊…… 破壊……』
「くそっ!」
 仁は、ユーストリアを抱き上げると、一目散にデパートの入り口に走った。
「おお。この身体、変身してなくても、ふつうよりずっと力が出せるんだな!」
 走りながら、仁が叫ぶ。
「思い出した! あんた、あの研究所にいたテロリストの一味ね!」
「忘れてたわけ?」
「だって、雑魚でしょ?」
「へいへい。どうせ、印象薄いですよ。それより、紳士服売り場は何階だ?」
「知らないわよ。だいたい、なんで紳士服売り場なんか行くのよ」
「オレの格好を見てわかんないの?」
「え? あっ……」
 とたん。ユーストリアは顔を真っ赤にする。
「エッチ! 変態!」
「もういいよ。なんとでも言ってくれ」
 仁は、ユーストリアを抱いたまま、エレベーターホールの掲示板を見る。
「五階か」
 紳士服売り場を確認すると、仁は階段をかけ下りた。
「キャーッ!」
 悲鳴。
 女を抱きながら、素っ裸の男が走ってきたのだ。デパートのお客の自然な反応だ。
「ちょっと、あんた、恥ずかしくないの?」
 ユーストリアが言う。
「恥ずかしいに決まってるじゃないか!」
 仁が叫ぶ。
「あたしだって、恥ずかしいわよ!」
 たしかに素っ裸の男に抱かれてる軍服姿の女という図も、どう誤解していいのか悩むほど、誤解しまくられそうな状況ではある。
 だが。彼らが恥ずかしい思いをするのは、ほんの短時間ですんだ。カーネル・サンダースが追ってきて、例のビームを連射し始めたからだ。
『破壊じゃーっ』
 心なしか、興奮してるようなカーネル・サンダース。
「キャーッ! キャーッ! キャーッ! キャーッ! キャーッ!」
 女性客の悲鳴が、まるで五チャンネル・ステレオ・サラウンドで聞こえる。
「ヤバイ。デパートの中に逃げ込んだのは失敗だったな」
「まったくよ。関係ない人に死者が出たらどうするつもり?」
「あのね。オレはあんたを助けるために…… おっと、ここだ」
 仁は、紳士服フロアに入るとユーストリアを下ろし、下着とジーンズとTシャツを速攻でゲット。店員も逃げ出してるから盗み放題だ。もちろん、必要なモノ以外、盗むつもりなどないが。
「早くしてよ! 着替えてる暇なんかないわ!」
「あと三十秒!」
 仁は、ジーンズの丈を捲り上げて調整すると、ふたたびユーストリアを抱き上げた。
「あんた、裸足で大丈夫なの?」
「そうだった。スニーカーも頂いていこう。ええと、靴の売り場は……」
「下ろしてよ。あたしも探してあげる」
「もう動けるのか?」
「なんとかね」
 仁は、ユーストリアを下ろした。
 が!
「ふせろ!」
 とたん、彼女を押し倒すように、床に突っ伏した。
 カーネル・サンダースのビームが、すんでのところで、二人の頭上をかすめる。目標に当たらなかったビームは、そのまま柱を切断。
 ガラガラガラ! 柱を失った天井が崩れる。
「立てるか?」
「痛い。鼻を打ったわ」
「鼻だけですんでよかったね」
 仁は、ユーストリアの手を取って、ダッシュ。
「ねえ! さっきみたいに、ペプシマンに変身しなさいよ!」
 逃げながらユーストリアが叫ぶ。
「なんだよ、ペプシマンって!」
「さっきのイカレタ格好よ!」
「イカレタはよけいだ! だいたい、充電器がないから変身できない!」
「なによそれ?」
「試作品だからとさ! しかも、変身したって、たった三分間だぜ。どう思う?」
「ど、どう思うって?」
「つまりだ。あのクソジジイ、わざと状況を複雑にして楽しんでやがるんだよ!」
「あり得るわね。というか、そもそも、カーネル・サンダース作ったのが、あのジイさんだし」
「そういうこと!」
 仁は、非常階段のドアを開ける。
「待って!」
 ユーストリアは、仁に握られていた手を振りほどいて、カーネル・サンダースを振り返り、ピストルを構える。
「拳銃なんか効かないぞ!」
「知ってるわよ! イヤって言うほどね!」
 ユーストリアはそう答えながらも、ピストルの弾を二発発射。彼女が狙ったのはカーネル・サンダースではなかった。天井に吊るされた広告の垂れ幕だ。吊るしていたワイヤーがピストルの弾で切断され、垂れ幕がカーネル・サンダースの上に落ちる。
「うまい!」
 仁は叫んだ。垂れ幕がカーネル・サンダースの足に絡みついたのだ。もがいている。彼女が、ここまでひとりで逃げ切れたのは、偶然でも幸運でもなかったらしい。たいした女だ。と、仁は思った。
「行くわよ!」
 ユーストリアは、ピストルをホルスターに戻して、非常階段を駆けおりた。仁も、あわてて彼女のあとを追った。


13


「おい、源治郎。テレビを見てみい」
 ジョージ爺さんが、NHKが映っているテレビを指差した。
 画面の中の青本官房長官が言った。
『本日、午後二時三十六分。大森総理は、カーネル・サンダースによる首都攻撃に対して、自衛隊の出動を決断いたしました』
「ほう」
 と、ゲン爺。
「大森くん、やっと重い腰あげよったか。神の国も、神様には守ってもらえんと悟ったようじゃな」
「冗談ぶっこいてる場合じゃないぞ源治郎。被害がよけい広がらなきゃいいがのう」
「うははは。そっちの方がおもしろいジャン」
「わははは。そう言うと思ったわい」
「おっ、ジョージ。二人がデパートから出てきたぞい」
 モニターには、デパートから出てき仁とユーストリアが映っていた。
「ホントじゃ。これからどうやって、逃げるつもりかのう」
 仁は、表通りを見渡して、乗り捨ててあるバイクを発見した。
「ほほう。仁のヤツ、乗り捨ててあるバイクを使うつもりじゃぞ」
「賢明じゃな。車よりバイクのほうが小回りがきく。カーネル・サンダースから逃げるには絶好の乗り物じゃ」
「しかしなあ、仁はバイクなんか運転したことないはずじゃが」
「こりゃ。それでは、困るではないか」
「なあに、ユーストリアが運転できるじゃろ」
「待て待て。それじゃあ仁くんも立場がなかろう。助けに来た意味がないからな」
「ふむ。ちと助けてやるか」
 ゲン爺は、コンピュータのキーボードを、カタカタと叩いた。
「よしよし。近くに携帯電話の基地局があるな。これを利用して電波を送るとするか。ジョージ。すまんが、三十四番のDVDディスクをセットしてくれんか」
「うむ。これじゃな。ほほう。トップレーサーの運転技術データか。こりゃいい」
 ジョージ爺さんは、DVDディスクをドライブにセット。
「準備オッケイじゃぞ」
「よっしゃ」
 ゲン爺は、エンターキーをポチッと押す。
「うははは。これで仁も、世界GPのチャンピオンになれるわい」


14


「ユーストリア!」
 仁は、キーが差したままになっているバイクを起こしながら叫ぶ。
「バイクの運転はできるか!」
「できるわ!」
「じゃあ、きみが運転を……」
 頼む。と言いかけた仁は、急に身体を硬直させ、ブルブルと震え出した。バイクの運転方法(それもトップレーサーの)が、頭になだれ込んでくる。
「ど、どうしたの?」
 ユーストリアは、ガクガクと震え出した仁を見て驚いた。
「ちょっとヤダ、なによ、どうしたっていうのよ!」
 ユーストリアは、急に不安を覚えた。また一人になるんだろうか。もうイヤだ。一人で逃げるのはイヤ。ロボット野郎だけど、いないより、いてくれた方がずっといい。
「ねえ、しっかりしてよ! あたしを一人にしないでよ!」
 ピタッ。
 仁の震えが止まった。
「あー、ビックリした」
 と、仁。
「ビックリしたのはこっちよ!」
「ごめん。それより、さっきなんか言った?」
「なんか?」
「一人がどうのこうのって聞こえた気がしたんだけど」
「な、なんでもないわよ!」
 ユーストリアは、顔を赤らめた。海兵隊の大尉が、なにを血迷っていたんだろう。と、少し後悔。
「ふうん。まあいいや。後ろに乗って」
 仁は、そう言いながら、バイクにまたがった。
「え? あんた運転できるの?」
「できるようになった」
「は?」
「いいから、早く」
「う、うん……」
 ユーストリアは、半信半疑で後ろにまたがる。
「いくぞ!」
 仁は、バイクをウイリーさせながら発進した。
「キャッ!」
 とっさに、仁にしがみつくユーストリア。
 その間も、仁は冷静だった。バックミラーで、カーネル・サンダースがデパートから出てくるところをちゃんと見ていたのだ。そして、こっちに向かってビームを発射するところも。
 仁は、体重を右に移動し、バイクを四十五度近くまで傾ける。ビームが通り過ぎていく。
「なによ!」
 と、ユーストリア。
「あんた、めちゃくちゃ、バイクの運転うまいじゃない!」
「もっと早く身体を改造してもらうんだったよ。そうすれば、東大にだって合格できたのにな!」
「は?」
「なんでもない、こっちのこと!」


15


「地域住民の避難および、車両の移動、完了いたしました!」
 アーミーグリーンのヘルメット(ダサいデザイン)をかぶった男が、やはりヘルメット(ダサいデザイン)をかぶった男に敬礼した。
「ごくろう。田村一等陸曹。総員、配置につけ」
「はっ!」
 ふふふ。と、一等陸曹の去っていく姿を見ながら、二等陸尉の佐藤は心の中で笑みを浮かべた。
 長かった。上野の駅前でスカウトされ、陸上自衛隊に入隊してから二十年。この日を、どれほど待ち望んでいたことか。自然災害でしか出動したことがない自衛隊が、ついに、ついに、日本を侵略しようとしている敵と戦うのだ。
「見よ、この勇姿!」
 佐藤二等陸尉は、思わず叫んでいた。青山通りには、最新型の戦車がずらりと並べられていたのだった。
「うはははは! やっと合法的に弾丸をぶっぱなせるのだーっ! カーネル・サンダースなど、ひとたまりもないわ!」
 この男。ただの兵器マニアであった。
「二等陸尉どの!」
 戦車の上で双眼鏡を除いていた隊員が叫んだ。
「なにかが、こちらに向かってきます!」
「カーネル・サンダースか!」
「いえ…… バイクです。民間人が乗っています」
「ちっ。まだ避難していない住民がいたか」
「あっ! 二等陸尉どの! バイクの後ろにカーネル・サンダースがいます。でっぷり太ったカーネル・サンダースが、信じられないスピードで走ってます!」
「おお!」
 佐藤二等陸尉は、胸が躍った。
「全車、弾丸を装填!」
 ウィーン。と、音を立てて、青山通りに並べられた戦車に弾丸が装填されていく。
「うおおお、いい音だ! 血が沸く、肉が踊る!」
 危ない男であった。
「二等陸尉どの! バイクの距離、三百メートル! カーネル・サンダースは、その後ろ五百メートル!」
「うむ。ギリギリ間に合うな。全車、発射準備! バイクがすり抜けたら、ただちにカーネル・サンダースを攻撃!」
「はっ!」
 部下の隊員が敬礼をする。
 仁の運転するバイクのスピードは速かった。自衛隊員たちが、敬礼した腕を下ろすかどうかというタイミングで、戦車の間をすり抜けていく。
「よし! 撃ちかた始め!」
 佐藤二等陸尉は、大声で命令した。
 ドーン! ドーン!
 戦車から弾丸が発射される。
「全弾命中!」
 部下の報告。
 立ちこめる煙が薄れていく。その中にカーネル・サンダースが、何事もなく立っていた。
「ひええええっ!」
 若い隊員が悲鳴を上げた。
「ぜんぜん、効いてない!」
「ひ、ひるむな、撃て、撃て、撃て!」
 佐藤二等陸尉は叫んだ。
 ドーン、ドーン、ドーン!
 だが今度は、カーネル・サンダースのビームが、飛んでくる弾をすべて破壊。あまりの熱量に弾丸は空中で蒸発。
「あり?」
 佐藤二等陸尉は、一瞬、なにが起こったのかわからなかった。まるで、弾が消えたように思えたからだ。
 つぎの瞬間。カーネル・サンダースの目がピカッと光る。ビームが、戦車を真っ二つに切断。戦車が爆発、炎上。つぎつぎに、最新型戦車はカーネル・サンダースのビームに破壊されていった。自衛隊の戦車部隊は壊滅した。わずか五秒のできごとだった。


16


「自衛隊が壊滅したわ!」
 バイクの後ろで、ユーストリアが叫ぶ。
「らしいな」
 仁は、バックミラーで炎上する戦車を見ていた。と、同時に仁は、神業のようなライディングをしていた。やはり、バックミラーでカーネル・サンダースが放つビームを見ながら、バイクを右に左にと倒しながら、ビームをよけているのだ。それでもバイクのスピードを落とさず走り続けている。
 しかし、いつまでもこんなことをいつまでも続けられるわけがない。そのうち、追い詰められる。仁には、それがわかっていた。もちろん、ユーストリアにも。
「ねえ、どこへ逃げるつもり?」
「米軍の基地に逃げ込もうと思ってたけど、自衛隊があの有り様じゃ、やめといた方がよさそうだな」
「ちょっと! あんたの国のふやけた軍隊と、アメリカ合衆国の軍隊を一緒にしないでくれる?」
「じゃあ聞くが、アメリカ軍だったらカーネル・サンダースを倒せるのかよ」
「うっ……」
 ユーストリアは、返答に詰まった。自衛隊の戦車は、アメリカ陸軍のそれと比べても、性能に大きな差はない。少なくとも、カーネル・サンダースに対しては、アメリカ軍も自衛隊と似たような運命をたどるだろう。
 こいつの言う通り、アメリカ軍でもダメか…… などと、ユーストリアが、悲観的なことを考えているとき。
「ユーストリア! 前を見ろ!」
 仁の声でユーストリアは、あわてて前を見る。
「アパッチだわ!」
 前方から、黒いヘリコプターが四機飛んで来たのだ。アメリカ陸軍が誇る、戦闘型ヘリコプター。通称、アパッチだ。大型マシンガンに、ロケットランチャーを装備する、きわめて戦闘能力の高いヘリコプター。戦車がカブトムシだとすれば、こいつはスズメバチだ。
「やった! 仲間が助けに来てくれたのよ!」
 ユーストリアの言う通りだった。アパッチは自衛隊には配備されていない。
「バカな連中だ」
 仁はつぶやいた。
「なんですって? あんたいま、バカって言った?」
 ユーストリアが、仁に文句を言おうとしたとき、アパッチからロケットが発射される。それと同時に、カーネル・サンダースの目から、ビーム。
 ドーン!
 仁とユーストリアの真上で、ロケットが破壊される。
 爆風。バイクのコントロールが失われる。
「うわーっ!」
 仁は、なんとか体勢を立て直そうとしたが、無駄だった。そのまま、表参道の並木に激突。ユーストリアもろとも、投げ出される。
 空中では、四機のアパッチが、カーネル・サンダースのビームに破壊され、爆発していた。やはり五秒以内のできごとだった。


17


「うはァ! 源治郎! 大変じゃ!」
 ジョージ爺さんが叫んだ。
「仁くんと、ユーストリアがバイクから投げ出されたぞ!」
「わかっとるわい!」
 ゲン爺は、あわてて、仁から送られてくる生体データに目を走らせた。
「まったくもう! 自衛隊といい、アメリカ軍といい、ろくなことせんな!」
「軍隊なんて、そんなもんじゃ。それより仁くんは?」
「まだ大丈夫じゃ。死んどらん。うーむ。しかし、こりゃイカンな。生体部分がけっこうやられとる」
「なに? あの部分がか?」
「ちゃうわい。キンタマは平気じゃ」
「ダイレクトな言い方じゃのう。放送禁止用語に引っ掛かるぞい」
「んじゃ、キ*タ*。これでどうじゃ」
「うむ。オッケイじゃろう」
「やれやれ。いろいろ気を使って大変じゃ」
「筒井康隆が断筆宣言したくなる気持ちもわかるのお」
「うははは。こんなことでわかられても、筒井くんに失礼じゃがな」
「わははは。まったくじゃ。などと、インテリジェントなカンバセーションをエンジョイしておる場合ではないぞ」
「おお、忘れとった! 仁は大丈夫か!」


18


 あたし、死んだのかしら?
 ユーストリアは、ぼんやり考えていた。バイクから投げ出されたところは覚えている。でもそのあと、目の前が真っ白になって、なにがどうなったのか……
「大丈夫か?」
 ユーストリアは、その声でガバッと頭を上げた。
「あっ……」
 そこは、歩道の真ん中だった。仁に抱きかかえられて倒れていたのだ。
「よかった」
 と、仁。
「気を失ってたみたいだから、頭でも打ったかと思っちゃったよ」
「あの…… あんたが、あたしをプロテクトしてくれたの?」
 仁は、ユーストリアの言葉に苦笑いを浮かべた。
「まあね。それより、そろそろ名前で呼んでくれよ」
「え? あ、そうね。ええと…… あれ? あたし、あんたの名前聞いたっけ?」
「仁。高見仁だ」
「ふつうの名前ね。ロボットのクセに」
「だれがロボットだ、だれが!」
「だって、ペプシマンだし…… 違うの?」
「違うわい! ふつうの人間だ! あれは変身した姿! 痛ててて……」
 仁は、腕をかばいながら、起き上がった。
「どうしたの?」
「なんでもない。それより行くぞ。すぐカーネル・サンダースに追いつかれる」
「ええ……」
 ユーストリアも起き上がったが、そのとき、仁のかばっている腕を見た。
「ちょ、ちょっと! なによそれ!」
 ユーストリアは驚いた。ロケットランチャーの破片が、腕に突き刺さって、真っ赤な血がだらだらと流れているのだ。
「大丈夫だこのくらい」
 仁は、眉間にしわをよせながら言った。明らかに痛みをこらえている。
「それより、あんたこそ走れるか?」
「え、ええ、あたしは大丈夫だけど……」
「よし。地下鉄に逃げ込もう。表は隠れるところが少なすぎる」
「わかったわ」
 二人は、銀座線の表参道駅に駆けおりた。
「ねえ! ホントにあんた…… じゃなくって、仁こそ大丈夫なの!」
「なにが?」
「なにがって、その怪我よ!」
「心配するな。というか、心配してくれても意味がない」
「なによそれ! あたしなんかに心配されたくないってこと?」
「違う。ここじゃ手当てもできないし、そんな時間もないってこと」
 その通りだった。
「キャーッ!」
 地下鉄の客が悲鳴を上げた。
「ヤバイ!」
 仁は、ユーストリアを突き飛ばしつつ、悲鳴を上げた客を抱いて横に飛びのいた。いままで仁とユーストリアがいた場所にビームが走る。
 仁は気絶してしまった客を床に寝かすと、倒れているユーストリアを怪我をしていない右腕で抱きあげ、そのまま自動改札機をまたぐようにジャンプする。
 あ~、しんどい。病院に行きたい。それとも修理工場か? と仁は思ったが、休むわけにはいかない。階段を猛スピードで駆け降りて、発車寸前の銀座線に飛び乗る。駆け込み乗車はおやめください。なんてアナウンスが掛かりながら、電車のドアが閉まった。
「伏せてろ!」
 仁は、顔を上げようとするユーストリアの頭を押さえて、自分も床に伏せた。銀座線がゆっくり動き出す。
 頼む。見つからないでくれ。仁は心の中で祈った。
 銀座線は速度を上げて、トンネルの中に入った。
「ちょっと…… いつまで、人の頭を押さえつけてるつもりよ」
「あ、ごめん」
 仁は、ホッと息を吐きながら、ユーストリアの頭から手を離した。
「よかった。思った通りだったよ」
「なにが?」
「カーネル・サンダースさ。あいつ、どうやってユーストリアを認識しているのかってずっと考えてたんだ。きみに発振器が取り付けられてるわけじゃないからね」
「で?」
「目視だよ。あいつは、カメラでユーストリアの姿を追ってたんだ。だから、電車に飛び乗って、姿が見えなくなったら迷って追ってこれなくなった」
「なるほど。賭けだったわけね」
「ああ」
「馬券を買ったら大当たりするかもよ」
 仁は笑った。
「ハハハ。やめとくよ。ビギナーズラックを、いま使っちゃったみたいだから」
「ふふ。そうね」
 ユーストリアもつられて笑った。
 そのとき、ふとユーストリアは周りの客に気がついた。みんな遠巻きに自分たちを見ている。関り合いになりたくないといった感じ。
 ま、当然か。だいたい、いまさら人目を気にしたって仕方ない。ユーストリアは、やれやれと首を振りながら言った。
「ねえ仁。止血しなきゃ」
「は?」
「は? じゃないわよ」
「ああ怪我か。平気だよこんなの」
「ダメ。命令よ」
「了解。大尉どの」
 仁は、苦笑いを浮かべた。
 ユーストリアは、腰からアーミーナイフを抜いて、仁のTシャツの腕の部分を引き裂く。
「ひどいわよこれ。金属の破片が刺さってる。深いわ」
 ユーストリアは、そっと刺さっている金属にふれた。
「痛て」
「ごめん。ちょっと我慢して」
 ユーストリアは、傷の周りも調べる。
「腕の外側でよかったわ。内側には神経が走ってるから」
 だが。ユーストリアは、仁のヒジの手前で、微妙に皮膚の色が変わっているのを発見した。
「変ね。皮膚の色が違う。出血のせいかしら?」
「違うよ。ヒジから先は機械なんだ」
「え?」
「本当は、脳味噌だけ移植できればよかったんだけど、それだと本当にロボットになっちゃうんだってさ。だから、生体部分に機械部分を付け足してるだけなんだ」
「ちょっと待って。言ってる意味がわからない」
「オレにもよくわかんないよ。ジイちゃんの言うことだから」
「ね、ねえ。さっきからジイちゃんって呼んでるけど、もしかして仁って、高見博士の孫なの?」
「ああ。認めたくないけど」
「そのあなたが、なんで、あたしを助けるようなマネをするのよ?」
「マネじゃなくて、助けてるつもりなんだけど。とにかく、ジイちゃんのしでかしたことだから、孫のオレがフォローしてるってわけ」
「でも、あんたもテロリストでしょ?」
「違うってば。ジイちゃんがなにを考えてるのか知らないけど、オレは関係ない。いつもの、役にも立たない機械を作ってるもんだと思ってた」
「ホントに?」
「ホントだよ。じゃなきゃ、いまごろ、きみが逃げ回ってる姿をテレビで見ていたさ」
「なるほど。説得力あるわね」
 ユーストリアは、仁の腕を見た。
「それにしても、自分の体を改造するなんて……」
「しょうがないだろ。それしかカーネル・サンダースを倒す方法がないって言われたんだから」
「ねえ。そう言えば、あの変身って、どういう理論なの?」
「よく知らないけど、実際に変身してるわけじゃないんだ。身体の周りにバリヤを張ってるだけみたいだね」
「バリヤ?」
「SFによくあるだろ。ミサイルもビームも貫通しない電磁スクリーン。ああいうモノらしいよ」
「でもペプシマンだったわ」
「ペプシマンって言うなよ。自分でもカッコ悪いと思ってるんだから」
「ごめん。でもなんで?」
「そのバリヤは、自由に色は付けられるらしいけど、透明にはできないんだってさ。で、ジイちゃんのことだから、あんなイカレタ色彩にしたんだろ、きっと」
「それも、説得力あるわね」
「われながらね」
「そうか。バリヤか。だから変身していなくても、力が強いのね」
「そういうこと。でもバリヤにはエネルギーの増幅作用もあって、変身した方が、ずっと力が出せるみたいだ」
「みたい?」
「オレも、改造されてすぐ駆けつけたから、自分の身体のことよくわかんないんだよ。そうだ。取り扱い説明書があったんだ」
 仁は、ジーンズのポケットからノートを取り出した。
「これだよ」
「見せて」
 仁は、ユーストリアにノートを渡す。
 ユーストリアは、パラパラと説明書に目を通した。
「充電器がないと、二回目の変身ができないのね」
「らしいね。ジイちゃんたちが、いま作ってくれてるハズだけど」
「だといいけどね」
「まあね。とにかく、充電器ができるまで、なんとか逃げ切るさ。変身したあと、どうするかも問題だけど」
「ねえ仁。この東京音頭モードってなに?」
「は? なんだよそれ?」
「書いてあるのよ。この背中のボタンを押すと……」
 ユーストリアは、説明書を見ながら、仁の背中についているボタンを押した。
 すると、仁の両肩がパカンと開いた。
「うわっ! なんだよこれ!」
 当の仁が一番驚く。
 すると、肩の中からスピーカーが出てきて、江戸っ子だったら血が騒がずにはいられない音楽が流れ出した。

『はあ~、おどり、おーどるなァら、ちょいと東京音頭。よいよい! 花の都ォの~ 花の都の真ん中で。やーっとな、それ、よいよいよい。やーっとな、それ、よいよいよい』

「わーっ、止めてくれ!」
 仁は、自分の意志に関係なく、盆踊りを踊り始めた。
 唖然とするユーストリア。

『やーっとな、それ、よいよいよい!』

「止めてくれってば!」
「あっ…… ごめん!」
 ユーストリアは、もう一度ボタンを押した。
 スピーカーが肩の中に収納されて、仁の踊りも終わった。
「ふいい…… やめてくれよ~ 変なとこ触るの」
「ごめん、ごめん。すごい機能ね」
「楽しんでるだろ、あんた」
「呆れてるのよ」
「もういいよ。なんとでも言ってくれ。ぼくは不幸だ」
「それを言うなら、あたしのほうが不幸よ」
「二人合わせて不幸の二乗だな」
「言えてる」
 ユーストリアは苦笑いを浮かべる。
「でも、ありがとう。一人より、仁がいてくれた方がずっと心強いわ」
「あっ、いや、まあ……」
 仁は、急にありがとうなんて言われて、照れた。
 ユーストリアは、そんな仁を見つめる。
「お爺さんの責任をとって、あのカーネル・サンダースを倒そうだなんて、あなた正義感強いのね」
「そんなことないよ。オレはただ、きみを助けたかっただけだから」
「え?」
「あ、いや、だから」
 仁は、あわてて補足する。
「ジイちゃんの責任で、きみがヤバイことになったわけで、だからオレは、まあ、とにかく、そういうことだ」
 ユーストリアは、クスッと笑った。
「なによ、とにかく、そういうことって」
「なんでもいいだろ。そういうことなんだから」
「変な人ね」
 クスクス笑うユーストリア。
「なにがおかしいんだよ」
「うふふ。つまり仁は、あたし専用のヒーローってわけね」
「なんだよそれ。オレはヒーローなんかじゃない」
「そうね。でも、あなたのこと信じるわ」
 また、クスッと笑うユーストリア。
「なんだかな。まあいいや。ありがとう、信じてくれて」
「あら。お礼を言うのは、まだ早いわよ」
 そう言ってユーストリアは、アーミージャケットを脱いだ。ジャケットの下は、仁と同じ白いTシャツ姿だった。まだ汗が乾ききっていなくて、スポーツブラが透けて見える。
「お、おい、ユーストリア。なにすんだよ」
 思わず、バストに目が行ってしまう仁。
「トリアでいいわ」
「は?」
「名前よ。トリアって呼んで」
「え? ああ。トリア。じゃなくって、なに脱いでんだよ」
「傷の手当てよ」
 ユーストリアは、脱いだジャケットをナイフで切り裂いた。ビーッと引き裂いて、帯状にする。
「動かないでね」
 ニッコリと笑うユーストリア。
「お、おい、まさか」
「そのまさかよ」
 ユーストリアは、仁の腕に刺さっていた金属を、一気に引き抜く。
「!」
 声にならない、仁の叫び声。
 やや間があってから、仁の声帯は、やっと声を出した。
「いってえ!」
「動かないでってば」
 ユーストリアは、手際よく切り裂いたジャケットを仁の腕にまいていた。
「はい。オッケイ。どうぞ、お礼を言ってくれていいわよ」
「ど、どうも、ありがとう…… でも、覚えてろよ」
「アハハ! 覚えとくわ。おごってもらう食事はお寿司で決まりね」
 逆だろ。食事をおごってほしいのは、オレの方だ。と、仁は文句を言いたかったが、まだ腕の痛みに耐える方が忙しかった。


19


「おお。スウィートでラブリーな雰囲気じゃのう」
 と、ジョージ爺さん。
「なにが?」
 ゲン爺は、充電器を組み立てていた。
「おまえさんの孫とユーストリアじゃよ。いい感じじゃぞ」
「どれ」
 ゲン爺は、手を止めてモニターを見る。
「ほほう。さすがわが孫。年寄りの出る幕はないようじゃな」
「若いってのはいいのう」
「そう言えばジョージ。覚えとらんか? プリンストン大学のダンスパーティ」
「卒業式のあとのか?」
「そうじゃ」
「源治郎。忘れろって言う方が無理じゃぞ。お主も、スーザンを狙っておったんじゃからな」
「そうそう。恋のライバルじゃった」
「まったくじゃ。もうちょっとで、スーザンをお主に取られるところじゃった。あのときほど、お主の悪行を神様に感謝したことはないわい」
「うははは。あれは失敗したのう!」
「わははは。スーザンにアタックしてるとき、付き合ってたエレンに水をぶっかけられたんじゃ。そりゃフラれるわい。両方にな」
「うははは。若気の至りじゃ」
「わははは。お主は至りすぎじゃ。それに比べて、仁くんは真面目じゃのう」
「そうじゃった。また仁を忘れておったわい。カーネル・サンダースが目視であの姉ちゃんを捕捉しるのに気がついたまではいいが、逃げてるだけでは解決にならん」
「充電器はいつ完成するんじゃ?」
「もうちょいじゃ。それより、ジョージの方は?」
「うむ。お主のビーム砲を改造してみたんじゃ。強力な武器ができそうじゃぞ」
「うははは。わしらって、天才じゃなァ」
「わははは。二人が死ぬ前に完成すればな」


20


 そうこうするうち、電車は渋谷駅についた。
 プシューッとドアが開く。
「急ごう」
 仁は、ユーストリアの手を取って電車を降りる。
「カーネル・サンダースがバカじゃなかったら、電車を追ってきてるはずだ」
「ちょっと待って」
 ユーストリアは、仁の腕を引っ張って立ち止まる。
「あたし、さっきからノドがカラカラなのよ。走り回って脱水症状だわ」
「じゃあ、ミネラルウォーターでも……」
 仁は、ポケットをまさぐった。
「ごめん。オレ、金もってなかった」
 仁は、裸だったのだ。さっきまで。
「お金ぐらい自分で持ってるわよ」
 ユーストリアはクスッと笑いながら、ホームにある『大清水』と書かれた自動販売機に近づいた。ポケットからコインを出して、自動販売機に入れる。そして、ミネラルウォーターのボタンを押そうとしたとき。
「キャッ」
 ユーストリアは、小さな悲鳴を上げた。仁にいきなり引っ張られたのだ。
 とたん。ビームが、ユーストリアのいた場所を走る。標的を失ったビームは、そのまま自動販売機を貫通。バコン。と音を立てて自動販売機が真っ二つになり、中からジュースやら水やらの缶がバラバラと落ちてきた。
『破壊じゃーっ!』
 ホームに、カーネル・サンダースの合成音声が轟いた。
「キャーッ!」
 渋谷駅の乗客たちの悲鳴がこだまする。とたん、パニック状態。
「行くぞ、トリア!」
 仁は叫んだ。
「待って!」
 ユーストリアは、落ちたジュースを拾い集めていた。大あわてでズボンのポケットに入れる。
「百二十円入れる必要なかったみたい!」
「いいから、早く!」
「うん!」
 仁とユーストリアは手を取り合って走った。いや、走れなかった。逃げ惑う人たちにはばまれ、なかなか前に進めない。
 くそっ、困ったな。
 仁は心の中で舌打ちする。この状況でカーネル・サンダースがビームを出したら、何人が死ぬか想像もできない。
「仁!」
 ユーストリアが叫んだ。
「線路に降りましょう!」
「なに?」
「カーネル・サンダースの狙いは、あたしよ。このままじゃ、民間人も犠牲になるわ!」
 ユーストリアも、仁と同じことを考えていたのだ。だが仁は、彼女の作戦に同意するのがためらわれた。
「線路に降りたら、カーネル・サンダースに狙い撃ちだぞ!」
「あなたの足なら、突っ切れるでしょ!」
「それも命令か!」
「違うわ、お願いよ! やってみて!」
「簡単に言ってくれるぜ!」
 仁がそう言うと、ユーストリアはとっさに、仁に抱きついた。どうせ仁が自分を抱いて走るとわかっていたから。
「わォ。さすがアメリカ人は積極的だな!」
「バカ言ってないの!」
 仁は、ユーストリアを抱き上げると、ジャンプしながら線路に降りた。
 とたん、ビームが飛んでくる。
 煙とともに、こげ臭い匂いが立ちこめた。仁の機械の腕にビームがあたり、人工皮膚が蒸発したのだ。腕がしびれる。神経回路の一部も焼かれたようだ。
 カーネル・サンダースが、いまは本当にバケモノに見える。人の良さそうな笑顔が、よけい無気味だ。
「くそっ!」
 仁は走った。改造された機械の足の性能限界まで加速する。
 地下鉄銀座線は、渋谷駅の手前で地上に出る構造になっている。つまり、表参道駅に向かって走れば、そこから外へ出られる。もっとも、立体構造になっているので、ビルで言うと、四階ぐらいの高さがあるが。
「飛び下りるぞ!」
 と、仁。
「いいわ!」
 ユーストリアは、仁にしがみつきながら答えた。
 高島屋の屋上にジャンプしたときは、ソフトライディングだったが、今度は違う。いくら仁がショックを吸収するとはいえ、ふつうの人間であるユーストリアが、着地のショックに堪えられるかどうか……
 だが、考えている時間はない。仁は、線路からジャンプした。


21


「完成じゃ!」
 ゲン爺が叫んだ。組み立てていた急速充電器が完成したのだった。
「おお。できたか」
 ジョージ爺さんは、半田ごてを持つ手を止めて、老眼鏡を上げた。
「ほう。いい出来ではないか。さすが源治郎じゃ」
「そう言う、お主のほうはどうじゃ?」
「ううむ。ここんとこが、ちょいと難しくてのう」
「どれ?」
 ゲン爺は、ジョージ爺さんが組み立てている、武器をのぞき込んだ。
「ああイカン。コンデンサを密集しすぎじゃ。もうちょい余裕がないと、半田が当てにくいじゃろ」
「急いで設計しすぎたかのォ」
「う~む。設計し直しとる時間はないぞ。適当につけちゃえ」
 ゲン爺さんは、セロハンテープを出して、部品をペタッとくっつけた。
「これで、配線をこうしてああして…… よし。これで完成じゃ」
「おいおい、平気か? そんないいかげんで」
「大丈夫じゃろ」
「ううむ。ま、いいか。それより源治郎。早くこれを仁くんに届けてやらんと」
「そうじゃな。ポータブル・モニタで、二人を追うとしよう」
「だったら、さっそく出発じゃ」
 二人の爺さんたちは、いそいそと研究室を出ていった。


22


 ボコッ!
 仁が着地したのは、二階建の観光バスの天井だった。
「ラッキー!」
 狙ったわけではないのだ。ちょうどバスが通りかかったのだ。おかげで、着地のショックがだいぶ少なかった。
「平気か、トリア!」
「ええ!」
 だが、すぐにビームが飛んでくる。
「うわっ!」
 仁は、バスから飛び降りた。バスが切断される。幸い、回送中だったらしく、お客は乗っていなかった。
 ドーン。ズシーン! カーネル・サンダースも飛び降りてきた。
「まったく、仕事熱心なジイさんだぜ」
「だから、お金持ちになれたのね」
「なるほど。そりゃ言えてる」
 などと、ジョークを言いながらも、仁は走るスピードを落とさない。ユーストリアも、仁に抱かれながら、カーネル・サンダースから目をそらさなかった。
「仁! ビームがくるわ!」
 仁は右によける。
「またよ!」
 仁は、左にステップ。
「そろそろ限界だ!」
「なにが?」
「オレの足! オーバーヒートしてる!」
「さすが試作品ね!」
「文句はジイちゃんに言ってくれ。というか、オレが言いたい」
「オーケイ。生き延びられたら、二人でぶん殴りましょう」
「グッドアイデアだ」
「仁! またビーム!」
 またステップを踏んでビームをよける。
「仁! そのまま246まで走って!」
 246とは国道の名前だ。渋谷から先の六本木方面は、俗に六本木通りと呼ばれる。
「わかった!」
 仁は、ユーストリアの指示に従う。なにせ彼女は海兵隊の大尉。なにか考えがあるのだろう。
「高速の出口あたりまで、全速力で走って!」
「もう、もたないよ!」
 仁の足は、かなり熱を持っていた。それが生体部分へは痛みとなって伝わる。
「がんばって! お願い!」
「いったい、どうすつもりだ!」
「カーネル・サンダースが、まだこっちに曲がってきてないわ。捕捉される前に、タクシーに乗り込みましょう!」
「タクシー?」
「そうよ。高速の出口あたりに、乗り場があるのよ」
「あれか?」
 仁にタクシー乗り場が見えた。
「そうよ! 早く! 急いで!」
「こなくそっ!」
 仁は、痛みをこらえて力を振り絞った。
「タクシー! ドアを開けて! お願い!」
 ユーストリアは、大声で叫んだ。


23


「源治郎。まさか、これで行くのか?」
「そうじゃ。これが、わが家にある唯一の交通機関じゃよ」
「ふーむ。いわゆる一つの、自転車というヤツじゃな」
「もそっと正確にいうと、ママチャリという」
「原始的かつ、ダサいデザインじゃな」
「うるさいわい。さっさと行くぞ」
 ゲン爺は、ママチャリにまたがった。
「わしゃ、どうするんじゃ?」
 と、ジョージ爺さん。
「後ろに乗ればよかろう」
「お主の運転で大丈夫かのう」
 ジョージ爺さんは、ぶつぶつ言いながら、後ろに乗る。
「よし。レッツ・ゴーじゃ」
 ゲン爺は、ペダルをこぐ。すると、ママチャリの後ろからジェットエンジンの炎が上がった。
「うははは。どうじゃ。これが特許出願中の人力ジェットエンジンじゃ!」
「わははは。また物理学を無視しまくった機械を作りおってからに!」
「うははは。だから天才なんじゃ!」
 ママチャリのタイヤが、ふわりと地面から離れ、つには空を飛び始めた。


24


 タクシーのドアが開く。
 仁は、ユーストリアを投げるように後部座席に押し込むと、自分もスライディングして飛び乗った。そして、同時に叫ぶ。
「ドライバー! 走って!」
 ユーストリアが叫ぶ。
「お客さん~」
 と、運転手。
「危ない乗り方、しないでくださいよ~」
「いいから、早く!」
 仁とユーストリアは、シートにへばりつくように頭を下げていた。カーネル・サンダースに見つかったら、元も子もない。
「どちらまで?」
 状況を把握していない運転手が、のんきに聞く。
「とにかく、まっすぐよ!」
「はいはい」
 運転手は、やっとドアを閉めて、アクセルを踏んだ。
「お客さん、言っときますが、六本木から先は通行禁止ですよ」
「なんで?」
「なんでって、まさか知らないんですか?」
「知らないわ」
 もちろん、わざととぼけてる。
「警察と自衛隊が、道を封鎖してるんですよ」
 と、運転手。
「カーネル・サンダースが暴れてるんですよ。浅草なんか壊滅ですよ、壊滅。さっきからニュースはその話題ばっかりだ」
 まったく、最近の若い連中は、なにを考えてるんだ。こんな大事件も知らないなんて。運転手は、そんな顔を浮かべながら、バックミラーで仁たちをちらっと見た。
「お、お客さん」
 運転手はギクッとなった。
「怪我してるんですか?」
 血は止まっているとはいえ、仁の左腕にはどす黒い血が、べったりついていた。
「前を見て運転しなさい」
 ユーストリアが、きつい声を出す。それは軍人の声だった。
「後ろを見ちゃダメよ。ついでに、あたしたちの会話も聞かないように」
「聞かないようにって…… どうやって?」
「忘れればいいのよ」
「は、はい」
 運転手は、肩をすくめた。若い連中は刺激しない方がいい。
「仁」
 と、ユーストリア。運転手に対する声とはうって変わって、柔らかい口調。海兵隊の将校から女性の声に変わっている。
「足は大丈夫?」
 仁は、シートに寝そべり、足の痛みに堪えていたのだ。
「な、なんとかね…… たぶん、熱が下がれば…… 痛みも消える……」
「待って」
 ユーストリアは、さっき仁から借りたマニュアルを開く。
「ええと、オーバーヒートの対処方法は…… ダメだ。書いてないわ」
「平気だよ。だんだん、痛みが引いてきた」
「ホント?」
「ああ」
「よかった」
 ユーストリアは、ホッと息をついた。だが、仁の左腕から、何本もの配線がはみ出しているのに気づく。
「ああ、どうしよう…… 左腕も焼かれたのね。痛む?」
「こっちは、そうでもない。しびれてるだけ」
「この腕で、ずっとあたしを抱いていてくれたのね」
「満身創痍だよ」
 仁は、苦笑いを浮かべる。
「まったく、情けないヒーローだよな」
「そんなことない」
 ユーストリアは、覆いかぶさるように、仁に抱きついた。
 仁は驚いた。ユーストリアの胸が、心臓の上あたりに押し付けられる。そこは仁にとっても生体部分だった。そのことを仁が、神に感謝したのは言うまでもない。
「ごめんね。ごめんね。あたしのために…… 仁ばっかり苦労させちゃって…… 情けないのはあたしの方だわ」
 ユーストリアの瞳に涙がにじんだ。高度な軍事訓練を受けてきた自分が、なにもできないことの悔しさ。そして、むなしさ。
 仁は、ユーストリアの瞳が潤んでいるのを見て、ふたたび驚いた。彼女だけは涙を流すことなんてないと思っていたから。仁は、驚きを隠しながら、しびれる左腕を、彼女の背中に回した。
「トリア。きみが責任を感じることなんか、なんにもないよ」
「でも……」
「聞いてくれトリア。きみは、いつも冷静だった。いまこうして生き延びているのも、きみのおかげだ」
「違うわ。仁のおかげよ」
「じゃあ、二人の力を合わせたからだ」
 仁は、ニッコリと笑った。
 ユーストリアは、仁の笑顔を見ても、それを否定するように首を振る。しかし、少し考えてから彼女も笑顔を浮かべた。
「そうね。そう思うことにするわ」
「実際そうだよ」
「ありがと」
 ユーストリアは、また笑顔を浮かべると、そのまま仁の唇に、自分の唇を重ねた。
 今度こそ仁は驚いた。だが、その驚きはすぐに消え。彼女の背中に回した腕に力を込める。そして、ユーストリアのキスに熱く応えた。
 なんだかねえ…… バックミラーを見る運転手が肩をすぼめる。
「ねえ、スピードって映画見た?」
 ユーストリアが唇を離してから言う。
「いや」
 仁は首を振った。
「ラストシーンで、ヒロインが主人公にキスをしながら言うの。命が危ないときって、危険にさらされるドキドキと、恋をしているときのドキドキとを、脳味噌が勘違いして、そのとき一緒にいた人と恋に落ちちゃうことが多いって」
「オレたちもそうかな?」
「さあ…… どうかしら」
「主人公は、なんて答えたの?」
「ごめん。忘れちゃった」
 ユーストリアはぺろっと舌を出した。
「でも、もしあなたなら、なんと答える?」
「簡単さ」
「なに?」
「それでも、きみを愛している」
「キザね」
 と言うユーストリアの表情は、満面の笑みだった。そして彼女は、もう一度、仁にキスをした。さっきより、ずっと長く。


25


「うほーっ!」
 ポータブル・モニタを見ているジョージ爺さんが、変な声をあげた。
「やったぞい、源治郎! ついに仁くん、ユーストリアのハートをゲットじゃ!」
「ひい、はあ、ひい、はあ」
 ゲン爺は、一生懸命ママチャリをこいでいた。
「ほれほれ、見てみい! ラブラブじゃぞ!」
 ジョージ爺さんは、ゲン爺の前にポータブル・モニターをかざす。
「うるさーい!」
 と、ゲン爺。
「さっきからわしばっかにこがせおって! ちったあ、代わったらどうじゃ!」
 空を飛ぶママチャリの高度が、どんどん下がっていく。
「なんじゃ。お主、自転車が好きなんだと思っとったわい」
「ちゃうわい!」
「だったら、なんで人力ジェットエンジンなんて作ったんじゃ」
「おもしろいからじゃ!」
「源治郎らしいのう。ほれ。もうちょいがんばらんか。仁くんたちのところまで、あと三キロぐらいじゃぞ」
「ひいい。わしゃ七十八じゃぞ!」
「わしだって七十八じゃ」


26


「お客さん~」
 運転手が抱き合ってキスをしている二人に言った。
「六本木ですよ。ここから先へは進めませんよ」
 仁たちは、唇を離す。
「降りよう。トリア」
「ええ……」
 ユーストリアは、少し名残惜しそうな顔で答える。
「二千五百円いただきます」
 ユーストリアは、ポケットから一万円札を出して運転手に渡した。
「お釣りはいらないわ」
「え? いやあ! そうですか、ありがとうございます!」
 運転手が初めて笑った。こういうのを現金なヤツという。
 仁とユーストリアは、人気のほとんどない六本木交差点に降り立った。実際、バリケードを作っている自衛隊員以外に、人の気配はなかった。
「さて。どうするかな」
 仁が言う。
「このまま、上の首都高にジャンプして走って逃げようか。それとも……」
 仁は、言葉を切った。ユーストリアが彼の手をギュッと握ったからだ。
「どうした?」
 仁が聞く。
 ユーストリアは、いったん、顔を伏せてから、今度は決意のこもった表情で顔を上げる。
「仁。いままでありがとう」
「は?」
「あたしが死ねばカーネル・サンダースは、動きを止めるわ」
「バ、バカなこと言うな!」
 仁は怒鳴った。
「オレは、ぜったいに諦めないぞ! いいか、だいたいからしてこの事件は、オレのジイちゃんが」
「聞いて!」
 ユーストリアが、仁の言葉を遮る。
「もう、そういう問題じゃないの。このままカーネル・サンダースが、あたしを追い続ければ、被害が広がるばかりなのよ。何人人が死ぬか……」
「だから、それはトリアの責任じゃないだろ」
「わかってる。でも、あたしはイヤなの。このままだと、きっと…… きっと、あなたまで死んじゃう」
「死ぬもんか。約束する。トリアを最後まで守る。ぶっ壊れるのはカーネル・サンダースの方だ」
「方法は?」
「いま、考えてる」
「もうじきカーネル・サンダースがくるわ」
「だから、考えてる」
「無理よ! あのバケモノを倒すなんて!」
「そんなことない!」
「仁。お願い。あなたは生きて」
「当たり前だ。オレもトリアも生きるんだ」
「頑固ね」
「当然だろ! 好きになった女を見殺しになんかできるかよ!」
「あたしだってそうよ。好きになった人に死なれたくない」
「じゃあ、いままで通り、力を合わせよう」
「あたし、父が軍人だったの。だから軍に入った。最初は、軍のピンナップガールになるのがオチだって言われたわ」
「むかし話は、あとでゆっくり聞くよ」
「いま、話しておきたいのよ」
 ユーストリアの顔は真剣そのものだった。
「でもあたしはがんばった。父を越えるまで、ぜったいに諦めたくなかった」
「尊敬してたのかい、お父さんを」
「逆よ。大嫌いだったわ。仕事仕事で、家に帰ってくることなんか、滅多になかったもの。母がどれだけ苦労したか……」
「じゃあ、なんできみまで軍隊に入ったんだ?」
「見返したかったのよ。父より優秀になって、いつか、父の上官になってやるってね。母を苦しめてきたことへの復讐」
「複雑だな」
「そうね」
 ユーストリアは、苦笑いを浮かべる。
「われながら、屈折してると思うわ。でもバカだった。仁に会って、それがわかったわ。いままで恋なんかしたことなかったから」
「トリア……」
「ごめんね。二十八にもなって、気持ち悪いでしょ。男を知らないなんて」
「男の立場として言わせてもらえば」
 仁は、ユーストリアの髪をなでた。
「そういうのは、かなりうれしい告白だな。つまり、きみの初めてになれるってことだろ?」
「唯一の心残りがそれね。そんな時間ないもの」
「あるさ。それを聞いたら、オレの決心は、さらに固くなった。ぜったいに生き残る。そしてトリアを抱く。イヤだって言っても、もう遅いぞ」
「バカ…… わかってよ。あなたに死んでほしくないの」
「きたぞ」
 仁が、前方を指差した。
 カーネル・サンダースが、ドドドと走りながら向かってくる。
「あなただけ逃げて。と、言っても聞いてはくれないわよね」
「もちろんだ」
「ごめんね」
 ユーストリアは、悲しい顔で言うと、仁のみぞおちにパンチを入れた。
「うっ……」
 うずくまる仁。ユーストリアは、彼の取説を読んでいて、どこが生体部分なのかを知っていたのだ。
「愛してるわ仁! たまには、こんなバカな女もいたって、思い出してね!」
 ユーストリアは、道の真ん中に駆けていった。
「カーネル・サンダース! あたしはここよ! さあ、殺しなさい!」
「バ、バカ…… やめろ……」
 仁は、痛みに堪えながら立ち上がった。
 そのとき。
「お待たせしたのじゃ!」
 空の上から、ゲン爺の声が聞こえた。
 仁とユーストリアは、思わず空を見あげる。
 ガチャン。ママチャリが落ちてきた。
「うははは。着地失敗じゃ」
「わははは。って、笑い事じゃないわい! 死んじゃうところじゃったぞ」
「うははは。まあ文句を言うな。間に合ってよかったのう」
「わははは。それはそうじゃ」
「ジイちゃん!」
「ガーシュイン博士!」
 仁と、ユーストリアが叫ぶ。
「こりゃ、仁。早くユーストリアを守らんか」
「うっ、そうだった」
 仁は、気を取り直した。爺さんたちが、ママチャリで落ちてきた理由を考えている場合ではない。非常に気になるが。
「トリア!」
 仁は、ダッシュして、道の真ん中にいるユーストリアを抱き上げた。カーネル・サンダースのビームが、ユーストリアを貫通する寸前だった。
「バカバカ! 離してよ!」
 ユーストリアは、仁の胸の中で暴れた。
「こ、こら、トリア。落ち着いてくれ! ジイちゃんたちが来たってことは、なにかカーネル・サンダースを倒すアイデアがあるんだよ!」
「あっ……」
 ユーストリアは、その言葉で静かになった。
「ホント?」
「たぶんね」
「その通りじゃ!」
 ゲン爺さんが叫ぶ。
「早くこっちに逃げてこい!」
「わかった!」
 仁は、ユーストリアを抱えたまま、ゲン爺さんたちの元へ走った。
「仁! ズボンを脱げ!」
「なんで?」
「いいから早くせんか!」
 ゲン爺が、なにやら黒い箱からACコードを引っ張っていた。
「それが充電器か?」
 仁は、ユーストリアを下ろしながら言う。
「そうじゃ。早くズボンを脱がんか」
「くそっ」
 仁は、ズボンを下ろした。
「こりゃパンツもじゃ」
「だから、なんで?」
「電気を入れるんじゃ」
「どこから!」
「決まっておろうが」
「まさか……」
「うははは。あまり考えん方がいいぞ。それともユーストリアに死んでいただくか?」
「くそーっ! 人の足元見やがって!」
 仁は、思い切ってパンツを下げた。
「キャッ」
 ユーストリアが顔を手で被った。でも指のすき間から、仁の股間をちらっと見てたりする。
「見るな、トリア!」
「ごめん!」
 ユーストリアは、あわてて背を向けた。
「うははは。なんか初々しいのう。二十五の男と、二十八の女のくせに」
「ジイちゃん! 無駄話してる場合じゃないだろ!」
「そうじゃった」
 ゲン爺は、仁のお尻にACコードをプスッと差す。
「うわあ…… オレ、もうお嫁にいけないよ」
「ゴチャゴチャ、うるさいわい。フルパワーで行くぞ!」
 ゲン爺は、黒い箱のレバーを、一気にマックスに上げた。
 ビリビリビリビリビリ!
「どわわわわわわわわわわわわわわ!」
 仁は、電気ショックを受けたカエルのようにエビ反った。
「はい、充電完了! 変身せい!」
「覚えてろよ、くそジジイ!」
 仁は叫びながら変身する。
 ペプシマーン!
「これが武器じゃ!」
 ジョージ爺さんが、棒のようなモノをペプシマンこと、仁に渡す。
「なんですかこれは?」
「カーネル・サンダースのビームを応用して作ったライトセーバーじゃ」
「ライトセーバー?」
「スターウォーズで、ジェダイの騎士が使っておろうに」
「ああ、あれ」
「そう、あれじゃ。フォースの力で動くんじゃ」
「フォースの力?」
「そうじゃ。長い長い修行を積んだ者だけが使える武器じゃ」
「オレ、修行なんか積んでませんよ!」
「冗談じゃ。スイッチを入れれば、だれでも使えるわい」
 ジョージ爺さんは、そう言ってライトセーバーのスイッチを入れた。
 ブイーン。光の剣が現れる。
「カッコいいわ!」
 ユーストリアが叫んだ。
「すっごく、カッコいい!」
「ペプシマンがか?」
 ゲン爺が聞く。
「中身が仁だから、カッコいいんです!」
「はいはい。恋は盲目とは良く言ったもんじゃ。とにかく、行ってこい仁。戦うのじゃ」
「もちろんだ」
 仁は、ライトセーバーをもって、カーネル・サンダースに向かっていった。
「こい、カーネル・サンダース! 今度こそぶっ壊してやる!」
 と、啖呵を切ったまでは良かったが……
 ブイイィィン…… と、ライトセーバーが情けない音を出して消えてしまった。
「あれ?」
 と、仁。
「ジイちゃん! 消えちゃったぞ!」
「イカン。やっぱセロテープじゃダメか」
「うむ。ダメだったようじゃな」
 と、ジョージ爺さん。
「こらーっ! だったら、どうするんだよ!」
 仁が怒鳴る。
「うははは。こりゃ、まいったの。万策尽きちゃったわい」
「わははは。急いては事を仕損じるじゃな」
「くそーっ!」
 仁は、やはり肉弾戦でカーネル・サンダースと戦うことになった。しかし、今度の仁は一味違う。いくらジイさんたちに翻弄されているとはいえ、もはや、アメリカ軍の一将校を守る戦いではない。いまの仁にとって、ユーストリアは愛する女性なのだ。これで、がんばらないわけがない。
「おー。あいつ、なかなかやりおるのう」
「ホントじゃ。根性あるのう」
 ゲン爺たちは、カーネル・サンダースと互角に取っ組み合っている仁を見て、感嘆の声をあげた。
「なにをのんきに見ているんですか!」
 今度、怒鳴ったのはユーストリアだった。
「あなたがたは、天才なんでしょ! なにかアイデアはないんですか!」
「いや、そういわれてものう……」
「そうじゃ。すぐには浮かばんわい」
「カーネル・サンダースは、あたしを目視で捕捉してるんでしょ! なにか、あいつのカメラを狂わせるような方法はないんですか!」
「む? そうか。カメラか。その手があったのう」
「ひらめいたか、源治郎?」
「うははは。きたきた。ピカッときたぞ」
「わははは。さすが源治郎じゃ」
 ボカッ! ボカッ!
 ユーストリアが、博士たちの頭を殴る。
「笑ってる暇があったら、早くなんとかしなさい!」
「痛てえ…… 怖い姉ちゃんじゃ」
「仁くん、尻に敷かれるのう」
 ユーストリアが、また腕を上げた。
「わーっ、待て待て! もう殴るな。なんとかするから!」
「早く!」
「ゲーセンを探すのじゃ」
「ゲーセン?」
「ゲームセンターの略じゃ」
「知ってます!」
 ユーストリアは、カーネル・サンダースと戦う仁を気にしながら、あたりを見回した。
「あった! ありました、交差点の向こう側!」
「よっしゃ。行くぞ」
「あたしも?」
「そうじゃ。あんたがいなきゃ、話しにならん」
「そうか。わしにもわかったぞ。源治郎のアイデア」
「うははは。さすがジョージじゃのう」
「わははは。同じ穴のムジナじゃのう」
 ゲーセンに走る三人。
「仁! がんばって!」
 途中でユーストリアがペプシマンに声をかける。
 ペプシマンは、一瞬、ガッツポーズを見せて応えた。
 三人は、ゲーセンに到着。
「急げ、急げ、仁が変身してられるのは三分間じゃ」
「ここで、なにをするの?」
「プリクラを探すんじゃ」
「プリクラ?」
「プリント・クラブの略じゃ」
「だから、知ってます!」
「あったぞ、源治郎」
 ジョージ爺さんがプリクラを発見。
「おお、これじゃ。こりゃユーストリア。さっさと中に入れ」
「え? あ、はい」
 ユーストリアは、わけもわからず中に入る。
「どれ、金を…… イカン。財布を忘れたわい。ジョージ。金貸してくれ」
「わしゃ、アメリカのコインしかもっとらんぞ」
「もう!」
 と、ユーストリア。
「なんで、みんなお金持ってないのよ!」
 ポケットをまさぐって、コインを出す。
「三百円、入れるんじゃ」
「とっくに、入れました!」
「よし。Vサインじゃぞ」
「なんでですか?」
「なんでって、写真を撮るときゃ、Vサインじゃろ?」
「なんでもいいから、早くして……」
 ユーストリアは頭が痛くなってきた。
「うむ」
 ボタンを押す。
 ウィーン。と、ユーストリアの写真が出てくる。
「もう一枚撮るか。この十六分割がいいな」
 ウィーン。写真が出てくる。
「オッケイ!」
 ゲン爺は写真を取り上げると、戦っているペプシマンに叫んだ。
「こりゃ、仁! この写真を取りにこい!」
 ゲン爺が言うか言わないかのうちに、シュタッ。と、まるで風のようにペプシマンがゲン爺の前に移動した。
「うわっ、ビックリした!」
「変身してると、むちゃむちゃ、身体が速く動くんだよ」
 と、仁。
「で、この写真をどうしろって?」
「カーネル・サンダースの身体にペタペタ貼るんじゃ!」
「なるほど。ジイちゃんらしい、バカバカしいアイデアだ」
「バカバカしいとは、何ごとじゃ!」
 ゲン爺が文句を言い終わる前に、ペプシマンは写真を受け取って、カーネル・サンダースの前にいた。
 ペタペタペタ! ペプシマンは、ユーストリアの写真をカーネル・サンダースの身体に貼っていく。
『うお?』
 カーネル・サンダースの合成音声。
『破壊じゃ。破壊じゃ』
 ビッ。と、カーネル・サンダースは、自分の腕に貼られたユーストリアの写真に向かってビームを発射。
「ほらほら、ここにも、あるぞ!」
 ペプシマンが、カーネル・サンダースの足を指差す。
『破壊じゃーっ!』
 ビーム。
「ほらここも!」
 胸を指差す。
『破壊なのじゃーっ!』
 ビーム。
 ガクン。カーネル・サンダースはひざを突いて倒れた。
『破壊。破壊。破壊』
 カーネル・サンダースは、まだ自分に貼られた写真に向かってビームを発射。自分で自分をボロボロに切断しながら、その動きがだんだん、鈍くなっていく。
『破壊…… はかい…… はか……』
 ついに、カーネル・サンダースは止まった。
「やったーっ!」
 ユーストリアが、ペプシマンに走り寄って、その胸に飛び込んだ。
 と、同時に三分がすぎ、仁の変身が解ける。
「トリア」
「仁」
 二人は、がっちりと抱き合う。
「なんでもいいがの」
 と、ゲン爺。
「仁。おまえ、パンツぐらい履いた方がいいぞ」
 仁は、パンツを脱いだまま変身したのだった。
「あっ……」
 思わず仁の股間を見るユーストリア。
 仁も、自分の股間を見つめた。それは、とっても元気だった。
「バカ! エッチ!」
 ユーストリアは、顔を真っ赤にしたのだった。


27


 半年後。

「う~ん……」
 仁はベッドの中で目を開けた。朝日がまぶしい。
「おはよ」
 声がした。仁は首をひねって横を見る。そこにはユーストリアの笑顔があった。二人はセミダブルのベッドで、寄り添うように寝ていた。
「おはよう」
 仁も笑顔で応える。
「それだけ?」
 ユーストリアが、少しすねたようにいう。
「お腹が空いた」
「もう。イジワルね」
 ユーストリアは、上半身を起こした。彼女は裸だった。
「キスを忘れるなんて、銃殺ものよ」
「ハハハ」
 仁は笑った。もちろん、忘れてなどいない。仁も上半身を起こし、ユーストリアの美しい金色の髪をなでながら、優しくキスをした。
 じつは、事件のあとすぐに、ユーストリアは軍を辞め、仁と暮らし始めた。結婚はまだだが、いま式場を探しているところだ。
 ユーストリアは、軍になんの未練もなかった。仁に恋をしたときから、そこにいる目的をなくしたからだ。しかし、それだけではない。ジョージ爺さんから、あの事件が、実はアメリカ政府の極秘実験だったと聞かされたのだ。
 それを聞いたときのユーストリアはすごかった。頭から火が出るほど怒り狂ったのだ。仁でさえ近づくのにビビったほどだ。もっとも、怒りが収まると、かえってアメリカに未練がなくなってせいせいしたと、サッパリしたものだった。もちろん、事件の秘密を暴露するつもりもない。そんなことをした日には、CIAに暗殺されかねないからだ。
「ねえ。一緒にシャワーを浴びようよ」
 ユーストリアが言う。
「いいね。朝からがんばっちゃおうか」
「バカね」
 ユーストリアはクスッと笑う。
「きのう、二回もしたのにまだ足りないの?」
「冗談だよ。満足してます」
「あら。残念。その気になったのに、あたし」
「前言撤回。満足してません」
「うふふ。エッチ」
 二人はベッドから起き上がった。
「そう言えば」
 と、仁。
「きのうの、総選挙の結果はどうなったかな」
「どうせ、自民党でしょ。変わんないわよ」
「まあね」
 と、言いつつ仁は、テレビのスイッチを付けた。
 すると。
『みなさん! この光景が信じられるでしょうか!』
 アナウンサーの絶叫がテレビのスピーカーから流れる。
 仁とユーストリアは、いやな予感がした。
『国会議事堂が、不二家のペコちゃんに襲われています! ペコちゃんが、国会議事堂を破壊しているのです!』
 画面には、舌をペロッと出したカワイイ女の子の人形が、目からビームを出して国会議事堂を破壊している映像が映った。
 仁とユーストリアは、顔を見合わせた。
「あの、くそジジイども。またやらかしやがった」
「どうする?」
 と、ユーストリア。
「そうだな……」
 仁は肩をすくめた。
「このあとは、スーパーマンにでも任せるさ」
「それがいいわね」
 ユーストリアは苦笑いを浮かべながら、テレビのスイッチを切った。


 終わり。




 あとがき

 この物語は、6000番のカウンタをゲットされたクリッカさんのリクエストで書きました(Script1では過去に、訪問者数を見るカウンターを設置していました)。リクエスト内容は、以下のとおりです。

1)現代物(できれば日本)
2)ヒーロー物(科学でも魔法でも変身するヒーロー)
3)巻き込まれる主人公と元気なヒロイン(召しませの2人のような感じ)
4)ラブコメ

 さて。ぼくとしては、ほぼ、クリッカさんのリクエストを満たしたのではないかと思っていますが、いかがでしたでしょうか。またリクエストにはありませんが、ぼくが密かに(密かか?)得意だと思っている、ジイさんキャラも、今回はたっぷりと出してみました。TERU作品の定番というか、王道といった仕上がりです。

 2000年6月26日。